第9話 我ら紅々町商店街進行組合

「戻りました~……はあ、やっぱ歩きだと遠いなぁ」


「――というわけでみんな、紹介するよ。滝口夕夏さんだ」


「うわっ!?」


 橙は夕夏がキャット飯店から戻ってきたところで、こう始めた。夕夏は夕夏で事務所に戻ってみると見知らぬ者が増えていることにびっくりして身構えた。


 見れば、二人が夕夏を物珍しそうに眺めているではないか。


「ちょ……とお兄、知らない人がいるんだけど」


「滝口さん、ほら自己紹介を」


 ミアに小声で促され、夕夏はよくわからぬまま口を開く。


「あ……ええと、滝口夕夏です。昨日からこちらでお世話になっています。よろしくお願いします」


 そしてぺこりとお辞儀。


「へぇ、めっちゃ若いじゃん! アンタいくつなん!」


「十六です」


「おお~! てことはアタシの後輩ってことじゃん!」


 最もレスポンスが早かったのは、石油ストーブに寒そうに手をかざしていた女の子。そんな行動に反して履いているチェックのスカートは、太ももが七割方露わになってしまっているほどに短い。透き通るほどに白い肌が余計に寒そうに見えてしまう。


 夕夏は自己紹介こそしたものの、一体何をヨロシクされる筋合いがあるのかわからなかった。


「アタシはエイヴリィ! イマをときめく華の十九!」


「はあ……」


 金髪ウェーブのロングヘアをかき上げながら、サファイア色の瞳を輝かせエイヴリィは夕夏に握手を求めた。夕夏は自分より頭一つ身長の低いエイブリィを見下ろす形になる。


「……滝口さん、見過ぎです」


 ミアはため息をついて言った。


「――へっ!? 何を!?」


「とぼけても無駄です。凝視してたでしょう、エイヴリィさんの胸を」


 エイヴリィの胸は、巨大と言う他なかった。


「夕夏さん、その気持ちはわかる。あんなにピチピチのワイシャツ着てボタン開けまくってたら見てくださいって言ってるようなもんだよね」


「そうそう、思わず釘付けに……ってとお兄、何言ってんの!」


「理事長!」


 ミアと夕夏の怒声は同時だった。


「うわ~、ゆうちゃんエッチすぎ~」


「私だけ!?」


 そして実は羨ましいと感じている夕夏だった。


「ま、そういうことだからさ、アタシのことは気軽にエヴィって呼んでよ!」


「エヴィ? どこかで聞いたような……」


「はいはい、次行くよ」


 橙は依然としてミアと夕夏から刺すような視線を感じつつ、エイヴリィから話を逸らすのだった。


「ワト爺、どう?」


「んん? ワシかぁ?」


 橙の言葉に、男が答える。


「ワシぁワト。二百二歳になる。あいや、二百三だったか?」


「ええ!? これも!?」


 男というよりは、オスだった。


「これとはなんじゃこれとは! 失敬な!」


「カメじゃん! めちゃくちゃカメじゃん!」


 ただの、カメだった。


「何かテーブルにいるなぁとは思ってたけど、私はてっきりペットかと……」


「おい上谷よ! このムスメは失礼が過ぎぬかのう!?」


「昨日ここに来たばっかりなんだよ。許してやって」


 拳ほどのサイズのカメ、ワトは語気を強めて橙に言った。この町には衣服を纏った獣、もしくは怪物もいるし、何も着ていないものも住んでいる。このワトは後者の方だった。その辺の川辺から捕まえてきたと言っても誰も疑わないだろう。


「うるせえなぁ。マジでうるせえ」


 ここで、明らかに機嫌の悪い声が聞こえてきた。


「外で飯食って帰ってきたと思ったらなんだこの騒ぎはよ。大概にしやがれ」


「……?」


 夕夏は思わず首を傾げた。声と威勢が全く嚙み合っていなかったからである。


「おい女」


「……」


「おい女ァ!」


「…………あ、私?」


「おめえだよ! ここに何しに来やがった!」


「何しにっていうか、自分でもこれから先何をすればいいのかわからないんだけど……というかボク・・こそ、ここに何か用?」


「ぼっ……!?」


「カメリア、悪態ついてないで自己紹介しなさい」


 橙は諭すように彼に話しかけた。


「……カメリアだ」


 思い切り頬を膨らませながら、そう名乗った。


 青いタートルネックのセーターに、デニムという装い。黒髪のマッシュボブに銀縁の眼鏡は知的なイメージが湧くものの。


「子どもじゃねえ!」


 とにかく口が悪かった。おまけにこの変声期を迎えていない少年の声、そしてミア程の身長が余計に強がっているように見えるのだった。可愛げのないクソガキ。カメリアを一言で表すとこうなる。


「とにかくよろしくね、カメリアくん」


 夕夏は微笑むとカメリアの頭に手を乗せてそう言った。


「ほわっ!?」


 カメリアは慌てて夕夏の手をはたくと、ものすごいスピードで後ずさった。


「カメリアっちってば顔真っ赤にしちゃってかわいいの~」


 エイヴリィはニマニマとしながら、カメリアを茶化す。


「~~~~っ!」


 カメリアは何か言いたげだったが、ごくりと飲み込んで、


「付き合ってらんねぇぜ! オレぁ外に出る!」


 ものすごい剣幕で事務所を出て行ったのだった。


「ま、根は良いやつだから嫌わないでやってちょうだい」


「で、この人たちがなんなの? この事務所がただの溜まり場になってるって話?」


「たしかに何の用もなく出入りする連中はいるけどね……これは違う」


 橙は言うと、鼻歌交じりで理事長のデスクに向かい座った。


「カメリアはどこか行っちゃったけど、これが我ら紅々町商店街進行組合だ」


 橙は肘をついたデスクで手を組み、にっこりと笑った。


「えええ~~!?」


 理事長、上谷橙。彼の秘書、ミア。肌の露出が激しい美女、エイヴリィ。カメ、ワト。反抗期のカメリア。橙はこれが紅々町商店街進行組合のメンバーだと声高らかに言ったのだった。


「……サークルの間違いでしょ?」


 どうか間違いであってほしい夕夏だった。

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