第二章

第1話 冬の目覚め

 顔に感じる冷気で目が覚めた。


「……さむ」


 外はまだ暗かった。


 顔が冷たくて起きることなんてあるんだな、と思いつつ夕夏は現在の時刻を確認するために頭上右に置いてある目覚まし時計を手に取ろうとした。


 しかし。


「んん? なんでぇ……」


 いくら伸ばしても手は空を切るばかり。普段そこにあったはずの目覚まし時計が見当たらない。


 寝起きで働かない頭をなんとか巡らせると。


「――あ、私んちじゃないからか」


 すぐに答えは出た。そして自然と昨日のことが思い出される。


 真っ暗闇の空間。


 不思議なドアを開けた先に広がっていた、紅々町という見知らぬ商店街。


 声を掛けてきた二人の住人。上谷橙とミア・マイヤー。


「……そうだ、とお兄」


 そうだ、何年間も行方不明になっていた年上の幼馴染と昨晩、劇的な再会を果たしたのだ。その瞬間、夕夏の目は完全に覚めた。


 今自分はベッドに横になっている。シングルではなく、どうやらダブルほどの大きさのようだった。つまり、隣に誰かが寝ているのだ。


 心臓が跳ねた。夕夏は自分がもしかすると、橙と一晩を過ごしてしまったのではないかといらぬ妄想が働いてしまい、顔が真っ赤になってしまった。


 呼吸を整えて、おっかなびっくりで寝返りを打ってみると。


「すう、すう……」


 自身の体よりも明らかに大きいシロナガスクジラのぬいぐるみを抱いたミアが、静かな寝息を立てていたのだった。


「……まあ、そりゃそっか」


 夕夏はため息をついて天井を眺めた。


 時刻は早朝五時半。聞き慣れない目覚まし時計が鳴ったのはそれから一時間半後のことだった。


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