第7話 六年間

 ――六年間。


 上谷橙が彼女の前から姿を消したあの日から、彼女の瞳に映る景色はどこか色褪せ、見るもの全ての輪郭がどこかはっきりとしていないような、曖昧模糊とした毎日を送っていた。


 もしかしたら、学校の帰り道に見かけるかもしれない。


 もしかしたら、留守番中にひょっこり遊びに来てくれるかもしれない。


 もしかしたら、彼の家に夕飯を食べに行けばいるかもしれない。


 もしかしたら――。


 六年間。六年間である。彼女は六年もの間、それこそ小学校を卒業してから高校に入学するまで。常に上谷橙という、近所に住む兄のような存在のことを考えながら日々を過ごしていた。


 しかし彼女はすぐに気が付いた。私は決して彼のことを兄として認識しているわけではないのだと。


 彼女は橙に恋をしていたのだ。彼女と橙は六つも歳が離れている。この年頃の六という歳の差はモノの考え方だとか置かれている生活環境など、全てにおいてが別世界と言っていい。小学生ながら、彼女はそれを理解していた。だから自分の気持ちを伝えても、まともに取り合ってくれることはないだろうと割り切り、話すこともしなかった。


 いつか大きくなって、彼に見合う年齢になったら、満を持して言おう。そう考えていた。


 そして、その機を逃した。


 ――もしかしたら――言っていれば――。


 口をついて出てくるのは後悔の二文字。言おうと思えば言えたのに、今は言おうと思っても言うことができない。


 そうしている間に、六回目の一月八日を迎えようとしている。法律では行方不明者の生死が七年間定かにならない場合は、死亡したものとみなされる。所詮法律で決められた期間だ。さすがにこんなに長い間見つからないのであれば、常識的に考えればもう……と考えてしまうのが普通である。


 頭の中では理解しているのだ。それでも彼女は無意識のうちに、上谷橙という人間を探し続けてしまっている。ちょっとした呪いだな、と自嘲してみたりもした。


 どこにいるのだろう。


 どこにいて、何をしているのだろう。


 元気でやっているのだろうか。


 ……まさか、彼女なんて作ってやしないだろうか。


 心と体は成長しているのに、彼女の中でこの六年間は、時間が停止しているも同然だった。





 そうして彼女――滝口夕夏たきぐちゆうかは今、ある扉の前に立っていた。


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