第6話 アーチ前広場にて

「お金を置いてきたんですか!?」


「うん、ドッキリ。今頃びっくりしてるんじゃないかな」


 槙田精肉店で水炊きに入れるメインの鶏肉を。


 八百屋でキノコ、白菜にニンジン、水菜などなどの野菜類を。


 そして足りていない調味料関係を揃え、本日の水炊きを囲む準備は整った。二人の両手にはビニール袋が握られており、これから始まる宴を予感させる。


「〝チカラ〟を使ったんですか」


 ミアの問いに橙はにこにことするだけで何も答えない。


「……はぁ、いちいちそんなことに使わないでくださいよ。橙さんは〝チカラ〟の使い方が雑です」


「そうかな。僕はそうは思わないんだけど」


「タダで持って行ってもいいって言ったのは槙田さんなんですよ? それをどうして」


「取引ってさ、あんまり好きじゃないんだよ。どうせ感謝されるなら、もろ手を挙げてありがとうって言われたいんだ」


 無垢な少年のように言う橙に、ミアは何も言うことができず、


「ほんとに、橙さんは優しいんですから」


 やれやれと嘆息するのだった。しかし、彼のそんなところをミアは一番気に入っていたりする。


「もう買っちゃったんだし、どうせなら楽しまなきゃ。でしょ?」


「……そうですね。こうなったらパーッとやりますよ! パーッと!」


 そして半ばヤケになっていた。


 時刻は進行組合事務所を出発した六時半から一時間ほどが経過しており、そろそろ帰らなければ夕飯の時間がかなり遅くなってしまうのと、なにより二人の空腹は限界に達していた。


 紅々町商店街は一丁目から六丁目までで構成されている、全長二キロにも及ぶ商店街である。橙たちのいる事務所は六丁目にあり、先ほどひと悶着のあった槙田精肉店は三丁目。そして他の食材も揃えつつ、町のパトロールを兼ねて一丁目まで練り歩き現在に至っている。



 ――紅々町商店街――



 入り口、というかこの商店街のスタート地点には真っ赤なネオンでそう記された、白く大きなアーチがあった。言わばこの町のランドマーク的存在である。長年の老朽化もあるのか、ネオン管はところどころが切れており、明滅を繰り返している。更に白いアーチの塗装は剥げて錆が目立っていた。それでも荒んだ印象というよりは、どこかノスタルジックな雰囲気の方が強い。


「直さなきゃなぁ、これも」


「ですね」


 そしてアーチをくぐると円形の広場がある。広場は背の高い石造りの壁に囲まれており、そんな壁に一つ、ポツンと扉があった。その中央には住民が自由に貼り付けることのできる掲示板があり、求人だとか特売のお知らせだとか、様々な情報が重ね重ねに貼り付けられていた。


「……うん。異常なし。帰ろっか」


「はやく帰って温かいお鍋が食べたい……」


 ミアはそう言って赤くなった鼻をすすった。


「今日も期待してるからな」


「なな……ただお鍋に食材を入れるだけなんですから」


「いやぁ、ミアが鍋に放る食材はうまくなるような気がするんだよなぁ」


「何ですかそれ……」


 二人はようやく残業が終わり、完全にオフの状態になった。あとは暖かい我が家に帰って鍋を囲んで、風呂に入ってぐっすり眠りにつく。きっとそう考えていたに違いない。


 ――しかし。



 がちゃり



「えっ」


 扉のノブが回る音が聞こえた時、そんな幸せな妄想は跡形もなく吹き飛んだのであった。

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