第5話 嵐の後で

 紅々町商店街進行組合の二人が買い物を終え、姿が小さくなるまで見送ると槙田は大きな、とても大きなため息をついた。


 買っていないのだから買い物などではない。金銭のやり取りが発生していないのだから買い物などではない。だがしかし、これは槙田から持ち出した取引だ。でなければ今頃喧嘩はまだ収束していないだろうし、あの二人は何食わぬ顔で肉を買って早々にずらかっていたはずだ。取引なのだ。槙田は自分に言い聞かせるように独りごちていた。


 そして先ほどまで肉があったはずの冷蔵ショーケースを力なく眺める。ショーケースの中身は、鶏肉の、それも最高級モモ肉だとか、とにかく水炊きに合いそうなものたちがごっそりとなくなっていた。ミアが所望していた霜降り牛肉の件については、さすがにそれでは水炊きにはならないだろうと橙が却下していた。


 だが、やはりと槙田は思う。


 彼らがこの商店街組合に参加するようになってから、もともと平和なこの街が、更に加えて活気が出てきたというか、とても高揚した気持ちになっていると感じていた。


 今の紅々町商店街進行組合には住民を惹きつける不思議な力がある。


「どれ、そろそろ閉めるか」


 十中八九明日は忙しくなる。大量のコロッケと格闘するために、今日は早めに休むとしよう。そう考え槙田はシャッターに手を掛けたところで、あるものが目に入った。


「……そうだ、あのガキ共、騒ぐだけ騒いで買ってないんだった」


 一つだけ余ったコロッケを手に取り、呟いた。


 サラマンとベア介は店先でどちらがコロッケを買うかで喧嘩になり、結局買わずに帰っていたのだった。結果、争いの火種となったコロッケは今も寂しく残っている。


 槙田は神妙な面持ちでコロッケを眺め、そして口に運んでみた。


「――冷めてるのに。こんなにうまかったっけか」


 思わず自画自賛。久しく食べていなかったような気がして、ぺろりと平らげてしまった。


「ん?」


 と、ここで何か違和感を覚えた。


 先ほどまでは確かになかったはずのそこに、何かがある。槙田はレジの方に目をやると、


「……ぷっ、がははは! まったくお手上げだよ、上谷君には」


 レジ前には、あれほどタダで頂いていくと躍起になっていたはずなのに、購入分の現金が耳を揃えて置いてあったのである。

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