第2話 もこもこふわふわ秘書

「ミア~? 準備できた~?」


「はい、間もなくですっ」


「うう、外寒そうだなぁ」


 コートのポケットに両手を入れて、男――橙は体を震わせた。


 本名、上谷橙。弱冠十六歳にして商店街の組合理事長を務める、優男という表現がしっくりとくる、ひょろりとした青年である。


「お待たせしました」


 事務所の戸締りを確認したミアが上がり気味の息を整えて言った。


「……いつ見てもミアは暖かそうだよなぁ」


「?」


 膝まで隠れる真っ白な厚手のダウンジャケットに、これまた真っ白なニット帽。そしてミトン型のふわふわ手袋も真っ白というこだわりよう。ただ一つ、毛糸のマフラーだけは赤。身長の低さもあって、遠目に見ると謎の丸い物体が動いているようだった。


「まんまるというか――」


「というか?」


「いや、やめよう」


「含みがあるように聞こえるのは気のせいですか?」


「うん。気のせいだと思う」


「もう……」


「ほら、無駄話してると夕飯が遅くなっちゃうよ」


「先にお仕事があるじゃないですか!」


「ただの小学生の喧嘩でしょ。そんなの仕事に入んないって」


 橙は軽く笑いながら、ドアノブに手を掛けた。


 扉を少しでも開くと、外の冷たい空気が容赦なく入り込み、二人の弛緩した気持ちが否応なしに引き締まる。


「あ、橙さん! なにドア閉めようとしてるんですか!」


「いや、だって寒いし……」


「行ーきーまーすーよー!」


 文字通り、尻込みする橙の尻を両手で押さえ、外に押し出そうとするミア。彼女は思った。結局、橙のせいで夕飯にありつくのが遅くなりそうじゃないかと。


 そんなことがありながら、二人はようやく寒風吹きすさぶ屋外に出たのだった。


 ――静まり返った事務所とは対照的。通りを包み込むのは心地の良い喧騒。

 




 ここは紅々町商店街。全長二キロに及ぶ、どこかの時代のどこかの国の、そしてどこかの商店街の一角である。


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