最終話
扉が開けられ、一斉に降り頻るフラワーシャワーを歩む佐保子と稔。
幸せになれよー!
故郷(くに)に帰っても元気でなー!
様々な同僚の祝いの言葉と花を受けながら、2人は拍手をする藤次と絢音の前に行く。
「今日は本当に、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
稔に倣い、頭を下げる佐保子の首の…エメラルドのネックレスを一瞥してから、藤次はグッと、稔の胸ぐらを掴む。
「涙一滴でも流させてみい…承知せんで?」
「言われ無くっても、そのつもりです!折角取り持ってもらった縁なんです!!絶対、幸せにします!!」
「約束やで…」
そうして胸ぐらを解放してやると、稔は佐保子の背を押す。
「ホラッ、言ってやれ!」
その言葉に、佐保子は涙を僅かに浮かべながら、藤次の頬を思い切り叩く。
「バカ検事!!こんな近くで、ずっと…想ってやってたのに…全然気づいてくれなくて……私、すごく苦しかったんだから!!」
そうして泣く佐保子に、藤次は叩かれた部分を押さえて、苦笑いを浮かべながら、そっと佐保子の額にキスをする。
「検事…」
「ごめんな。こない綺麗なイイ女やなんて、気づかんかった。ドレス、よう似合うとる。…幸せになり。でも、関東(あっち)が嫌になったら、いつでも頼って帰ってきや?待っとるからな。絢音と…」
「はい…」
「待たなくて良いッス!それに、僕達もう…2人だけじゃないスから!!寂しくなんか、ないッス!!」
「はぁ?」
瞬く藤次に、稔は照れ臭そうに笑う。
「佐保子…妊娠してるんです。2ヶ月半。だから、式は見送ろうと思ったんですが、やっぱり、したくて…」
「2ヶ月…半…」
目を丸くする藤次。
佐保子と最後に情を結んだのは、3ヶ月と少し前。
渡した避妊薬を、もし佐保子が飲んでいなかったら…
その子は…
そんな事を考えているのを気づいたのか、佐保子は笑って、藤次の手を握る。
「私絶対、無事に産みますから。産んで、稔さんと、幸せになります。だから、心配しないでください。…藤次さん。」
「佐保」
待てと名前を呼ぼうとしたら、同僚達に囲まれて、あっという間に2人の姿が見えなくなり、藤次は肩を下げる。
「ちょっと待ったと言って、破談にする?この結婚。」
「阿呆言え。あれは笹井の子や。俺の子やない。絶対…」
そう絢音に言ったが、藤次は佐保子に握られた手を、いつまでも見つめていた。
*
「ぱぁぱ。ぱぁぱ。」
「よしよし、藤香(とうか)は好き嫌いせんとぎょうさん食べるな。藤子(とうこ)
と藤枝(ふじえ)も、ちゃんと食べるんやでー」
佐保子と稔が群馬に行ってから、一年と少しが過ぎた冬。
3つ子の姉妹にご飯をあげていたら、絢音がハガキの束を持って部屋に入って来た。
「藤次さん宛に手紙、…佐保ちゃんから。」
「えっ?!」
瞬きながら、絢音に子供達を任せて、彼女から手紙を受け取り捲ると、そこには「家族が増えました」と言うメッセージと共に、赤ん坊を抱いた佐保子とその彼女を抱いた稔の家族写真。
しかし、佐保子の腕に抱かれた赤ん坊を見た瞬間、藤次は涙を零す。
「あの…阿呆…」
赤ん坊の目元には、僅かだが、しかし、見る人が見れば分かるくらい自分に似ていて…なにより、右目の下に付いた黒子が、その証のように見えて泣いていると、絢音がその涙を拭う。
「佐保ちゃん、名前決めて欲しいんですって。稔君も、賛成してくれてるって。…どうする?…認知のDNA検査、する?」
「阿呆。ワシの子は、お前との子3人だけや。それに、アイツと約束したんや。今更、曲げられん。」
「でも、佐保ちゃん…全部言ったみたいよ。稔君に?」
「はあ!?」
瞬く藤次に、絢音は便箋に書かれた文章を読むよう促す。
−この子を産んだ時、顔があまりにも似てなかったから、稔さんに何度も問い詰められました。けど、あなたとの約束があったから、ずっと黙ってました。そしたら、稔さん、DNA検査して…言い逃れできなくなって、離婚を切り出しました。
けど、稔さんは、佐保子の子なら、良いって。育てて行こうって言ってくれて、名前も付けてもらえって、言ってくれて…だから本当に、ここまで私を包んでくれる稔さんを、愛するようになりました。
だから、ホントのホントの、最期のお願いです。
名づけ、お願いします。
性別は、男の子です。
よろしくお願いします。
藤次さん…−
「阿呆や。アイツ、ホンマに阿呆や…」
手紙を握りしめて泣く藤次に、絢音はそっと寄り添う。
「認知、してあげて。その子も、私達の子よ。佐保ちゃん、私に慰謝料まで払うって、小切手送ってきたわよ?だから、ね?」
「…分かった。真嗣に頼んで、手続きしてもらう。せやけど、ホンマにお前…ええんか?」
「良いわよ。いつか行きましょう群馬。成長記録も送ってもらって…可愛がってあげましょ?藤次さん…大切な人の赤ちゃんだもの。私も、愛してあげたい。」
「絢音…」
泣かないでと自分を慰めてくれる絢音の自分を想ってくれる気持ちが嬉しくて、切なくて、藤次は彼女を抱き締め絢音は藤次を抱き締めて、互いの絆を確認するかのように、強く抱き合った。
そうして、それから数ヶ月。
群馬の笹井家に、一通の手紙が届いた。
差出人は、棗藤次。
封書の中には、認知関連の書類と、辿々しい字で半紙に書かれた、1人の男の子の名前。
「藤矢(とうや)」
その半紙を、丁寧に額縁に入れて、佐保子は我が子…藤矢に笑いかける。
「幸せになろうね。藤矢…」
「まーーまーー」
パタパタと自分の頬を叩く、藤次の面影を持った息子を見つめ、佐保子は降り頻る雪の空に京都のそれを思い浮かべながら、藤矢を抱いて、いつまでも眺めていた。
今も昔もこれからも愛すると決めた、運命の人を、胸に秘めて…
死花外伝−運命の人− 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます