第8話

「仲人?!」


「ハイっす!検事に是非、お願いします!!」


榎戸事件の結審からほぼ一年。


2人に話があるからと、花藤病院の談話室に呼び出された、大きなお腹の絢音を連れた藤次は、目の前の佐保子を連れた稔の口から出た言葉に瞬く。


「僕たち、結婚するんです。それで、僕たちのキューピッド役の棗検事に、仲人お願いしたくて…」


「そらぁ目出度いけど、見ての通りウチの今妊娠中で、出産まで入院やねん。無理やわ。」


「大丈夫です!奥様のお子さんが産まれて、奥様が健やかになられるまでスケジュール調整しますから。地検の皆さん…楢山検事正もそう仰ってますし。」


「そやし…」


そう言って言葉に詰まっていた時だった。

稔のスマホが小さく鳴動したのは。


「あ!ウエディングプランナーの人からだ。すいません、ちょっと席外します。佐保子、棗検事、しっかり説得しといてくれよ?」


「うん。分かった…」


頷く佐保子の頬に軽く口づけして、稔はスマホが使えるエリアへと消えていく。


「仲人…どうしてもダメですか?検事…」


「ワシはもう、検事やない。ただの事務員や。それより、お前はええんか?ワシみたいな奴に、仲人頼んで…」


その問いに、佐保子は静かに笑い、バックから一枚の紙を出す。


「お、おい…」


それは、かつて佐保子と情を交わした、あの超高級ホテルのパンフレットだった。


「お前…まさか思うが、そこで式挙げるつもりか?」


狼狽する藤次に、佐保子は首を横に振り、口を開く。


「奥様には申し訳ない話ですが、結婚したら、稔さん…群馬の実家に帰って、家業を継ぐそうなんです。だから、お願いします。永遠に会えなくなる前に、もう一度、一回で良いんです。…抱いてください。」


「なっ!?」


瞬く藤次に、佐保子は寂しく笑う。


「好きなんです。今も昔も、そして結婚しても…あなたが好きなんです。愛してます。だから、最後に思い出…くれませんか?」


「そやしお前、嫁入り前やぞ!?もし、笹井にバレたら」


「稔さんには、全部言ってます。言った上で、こんな私と、結婚しようって、言ってくれてるんです。だから、あなたに抱かれて、あなたを愛して、綺麗なままで、この気持ちを終わらせたいんです。お願いです。…藤次さん。」


「佐保子…そやし、俺…絢音がおらんと、勃たんかもしれんえ?」


「その時は、そう言う運命だったんだって、潔く受け入れて、あなたに祝福されて、別れます。だから、お願いします。私の、最後のワガママです。」


そうして涙を流す佐保子に、絢音はそっとハンカチを差し出す。


「奥様…私…」


「うん。良いの。何にも言わなくて良い。藤次さん。ダンボールの衣服④で書いてある箱開けて探して。あの時のワンピースが、あるから…それ着せてあげて、2人でデートして食事して、抱いてあげて。そして笑って、送り出してあげましょう?大切な相棒…なんでしょ?」 


「絢音…」


「おくさま…」


ハンカチで目を押さえて泣きじゃくる佐保子の頭を、藤次は優しく撫でる。


「藤次さん…」


「分かった。優しい抱いたる。その代わり、約束は以前のままやで?ええな?」


「ハイ…」



「良かったな。棗検事と奥様、仲人引き受けてくれて。」


「うん…」


花藤病院からの帰り道。


助手席の佐保子が元気がないので、稔は話題を持ちかけてみたが、彼女は上の空で、ずっとぼんやりと、手に輝くハートのダイヤの婚約指輪を見つめていた。

その態度に、稔は車を路肩に停め、戸惑う彼女を見据える。


「…棗検事、良いって言ったのか?あの事。」


「…うん。」


「そっか……なあ、疑うようで悪いけど、佐保子の初めての男は、間違いなく、俺だよな?」


「な、何を今更…当たり前じゃない。あなたよ。稔さん。」


狼狽しながらも笑顔を見せる佐保子をぎゅっと抱きしめて、稔はささやいた。


「あの人に抱かれるなんて、本当は嫉妬でおかしくなりそうだけど、それで佐保子の気持ちが整理できるなら、俺を見てくるなら、耐えてみせるよ。だから約束してくれ。これが、棗検事との、最後の思い出にするって…」


「うん…約束する。ありがとう…稔。」


キツく抱かれながら、佐保子は心の中で稔に謝罪した。


ごめんと。


自分の本当の初めては藤次だと、言えないことに…


きっと一生、死ぬまで、この嘘は貫かなければならない。


それが、自分と藤次を結ぶ、唯一無二の絆に、なるのだから…

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