第4話
「えっ!…ここ…?」
絢音に渡されたメモを頼りに着いたホテルは、いつか捜査で立ち寄った時に、偶然居合わせた結婚式のカップルを見て、こんなホテルで良いなぁ〜と言っていた、超のつく高級ホテルだった。
「検事…あの時の言葉、覚えててくれたの…かな?」
そんなことないよねと頭を振り、フロントに行き、ドキドキしながら口を開く。
「あの…棗藤次のつ、妻なんですが、チェックイン…お願いできますか?」
その言葉に、受付の女性はにこやかに笑って、パソコンを操作する。
「…はい。承っております。棗藤次様佐保子様。笠原絢音様の3名さまでございますね?では、こちらにご記入を…」
「は、はいっ!!」
差し出された書類に必要事項を記入すると、スタッフに案内され、最上階のとある一室に導かれる。
「こちらのお部屋になります。」
そうしてドアを開けた瞬間、佐保子は目を見開く。
通された部屋は、調度品からベッドから何から何まで自分好みで、大きなキングサイズのベッドには、ペアのウサギのぬいぐるみと、真っ赤な薔薇の花が置かれていた。
「奥様が卯年と言う事で、何かサプライズをしたいと仰られてましたのでご用意させていただきました。お姉様がお着き次第、アフタヌーンティーのご用意がありますので、それまでお寛ぎください。」
「は、はい…」
呆然とする佐保子に、スタッフは一礼して部屋を後にすると、佐保子はベッドのウサギをキュッと抱きしめて囁く。
「好きですって…言って良いですか?」
あまりにも自分をよく見てくれてる、自分の事を分かってくれてる藤次に、佐保子の心は強く締め付けられた。
*
それから、時刻はあっという間に過ぎて夜。
窓際の夜景の綺麗な席で食事をする3人だが、藤次は絢音とばかりペラペラと一方的に話すものだから、佐保子は1人黙々と、出された食事を食べていた。
「いっ!!!」
「!?」
急に藤次が声を上げたので、何事かと佐保子は瞬く。
「な、なんやねん絢音いきな…いった!!」
グリグリとヒールの踵で藤次の革靴を踏みつけながら、絢音はにーっこりと笑う。
「「お姉さん」でしょ?「藤次クン?」新婚で恥ずかしいのは分かるけど、佐保子困ってるじゃない。ちゃんと話してあげなさい。」
そう、顔は笑ってるがいい知れぬ迫力で藤次にそう凄むと、絢音は席を立つ。
「どこいくねん!!」
その言葉に、絢音は妖しく嗤う。
「ラウンジで飲んでくるわ。つまんない義弟より、ずっと素敵な王子様が居そうだから。」
「お、おい!!」
そうして狼狽する藤次を余所に、絢音はそっと佐保子の肩に触れ、耳元で囁く。
「頑張って。藤次さん、恥ずかしがってるだけだから。」
「えっ?!」
瞬く佐保子に、絢音は続ける。
「藤次さん、さっきから多弁でしょ?あーゆー時は、大体隠し事か照れてる証拠。それだけ意識してるのよ?あなたのこと。だから、頑張って。」
「は、はい…」
赤い顔をしながらそう頷く佐保子に小さくウィンクすると、絢音はヒールを鳴らしてレストランを後にする。
「あ、あの…ありがとうございます。こんな、素敵なホテル、予約してくださって…お料理も、すごく美味しいです。検事…」
「別に。たまたまネットで見つけただけや。絢音が、素敵なホテルがエエ言うたさかい。」
「そ、そうですよね。奥様、そう言われてましたよね。やっぱり、検事は愛妻家ですね…」
急に素気なくなった藤次の態度に胸が締め付けられ、涙がじんわり滲み、スカートの裾をキュッと握って俯いていたら、藤次はワインを呷った後、口を開く。
「すまん。少し意地が悪かった。ホンマは、いつぞやお前が素敵や言うてたん思い出したから、予約したんや。なるべく綺麗な思い出にしたろ思うてな。…せやから、そんな顔しなや。」
「検事…」
やっぱり、覚えててくれたんだと喜びを露わにすると、藤次も薄く笑う。
「今は夫婦や。検事なんて野暮な呼び方はしなや。佐保子。」
「はっ、はい。じゃあ…その……と、藤次、さん。」
「うん。」
笑って藤次がグラスを掲げて来たので、佐保子は慌ててワイングラスを持ち、チンとそれを合わせる。
「色々話してくれや。お前とは10年近く一緒におるけど、ワシお前のプライベート何も知らん。せやから、話して?…そやな、生まれは?」
「あっ!その…福岡です。高校までいました。進学で京都に来て、公務員試験受けて、京都地検に配属になって、と、藤次さんの、部下になりました。」
「福岡…」
「と、藤次さん?」
戸惑う佐保子の顔に、またも美知子の影と声がダブり、それを払拭するかのように、藤次はワインを一気に呷る。
…そう。
絢音の手で美しくなった佐保子は、かつて自分に処女を捧げてくれて、結婚の約束までした、かつての部下美知子によく似ていて、藤次の古傷を俄に開かせる。
「どうかしましたか?」
「い、いや。福岡か。ワシも初年度赴任したん福岡やってん。飯美味くて最高やったわ。まあ、京都には負けるがな。」
「そ、そんなことないです!福岡だって負けませんから!!」
「いーや!京都は関西…いや、日本の台所や!お前かてさっき、ここの料理美味い言うてたやろ?せやから、京都の勝ちや!」
「あ、あれはと、藤次さんが急に黙り込むから、話題作りに言ったんです!!本心じゃありません!」
「へー。ホンマかのー。ほんなら、食後でラウンジで酒飲みながら食おう思うてた、嵐山の花月(かげつ)のみたらし団子…お前はいらんのやな?」
「ッ!」
急に出された好物の名前に言葉を詰まらせていると、藤次は笑う。
「そうやって、喜怒哀楽豊かなんが、お前の一番の魅力や。これからも、大切にしいや。」
「藤次さん…」
ボーイが持って来た季節のフルーツに彩られたデザートのタルトを食べながら言った藤次の言葉が、佐保子の心音を益々高鳴らせて、食事を終えた2人は身を寄せ合い、レストランを後にして、絢音のいるラウンジに向かった。
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