第42話 お兄ちゃん、彼女連れてくるってさ ③

 当面の計画が決まりました。


 その1、神がダンジョンに隠した秘密に関しては、知っている2つともこれ以上他人に話さない。


 その2、賢者の石を手に入れた事は隠す。


 その3、安全のため夜の電話だけでなく、エミリさんとの連絡を密にする。(これ大事、ムフッ)


 一段落しソファーで休憩。

 話の内容が濃すぎて、エミリさんも疲れた様子。焙じ茶をすすりくつろいでいる。


「シュータさんにはいつも驚かされてばかりだわ」


「ははは、すみません」


「でもねシュータさん。何かあったら一人で抱えこまずにいつでも私を頼ってね。私はあなたを……ささ」


「ささ?」


「ううん、なんでもない」


 いや、なんでもある、ありすぎる。


 これってもしかして当初に計画していたアレかもしれない。

『人生のパートナーになってあなたを支えたいの』『俺もだ、結婚しよう』の流れでは?


 エミリさんも顔を赤らめているし、ここは決めるべきだ。

 そうさ、エミリさんに恥をかかせられないよ。

 ここは男らしくビシッとだ。……うん、ビシッとだよなぁ、あー。


 ……勇気がでない、くっ。


 そうまごまごしていたら、大人しくしていた悪魔たちがまた動き出してきた。


「固い話は終わったわね。じゃあエミリさん、食事を用意してあるから、一緒に食べよ?」


「えっ、ご飯ですか? ご迷惑になりますので……」


「気にしないでよ。エミリさんとはいっぱいお話をして仲良くなりたいもん」


「あらあら~、エミリさんはから揚げがお嫌いなの?」


「い、いえ、むしろ好物です」


「良かったわー」


「そうそう、真由美さんの料理はうめぇんだぞ。神花もきっと驚くぞ!」


 野太い声で、大きな男が話に割り込んできた。


「えっ!」

「えっ?」

「ええ」

「お、親父殿?」


「おう、いま帰ったぞ」


「「3000万えーーーーーーーん!」」


 左右から結衣と2人で挟み撃ち。

 囮に魔道具を使い、正面からフェイントもかけて確実に殺りにいく。


「おっ、生意気な♫」


「「ぐえええええええええええ!」」


 腕をとられた以外は、何をされたか分からない。

 だけど結衣と仲良く折り重ねられ、座布団代わりになっています。


 しかし、ここで退くわけにはいかない。

 子に借金を返す義務はないと言うが、貸した人のことを考えると無視はできない。


 だから日々、高金利の重圧に耐えコツコツ返してきたんだよ。

 それを笑いながら被せてきた親父殿に、せめて反省してほしいんだよ。


 ──ゴキッ!──


 骨が外れてもポーションで治せばいい。

 こんな近距離なんだ絶対に当ててやる。


「ほう、そこから来るか。がはははは」


 ガンベルトをしていない今でも、素早さは150だ。

 電光石火のショートフックだ。早さと威力でやってやる。


「ぐえええええええええええ! な、なんでーーーーーーーー?」


 やられた。今度は両手両足が、どこを向いているのか見当つかない。


 結衣にポーションを振りかけてもらうことで回復はできた。

 だけどエミリさんに、とんだ醜態をさらしてしまった。

 こんな情けない姿に驚いて、目をまん丸にしているよ。


 ……あれ、目線の高さがおかしいぞ?


「宝蔵院ハンター?」


「おう!」


「お、おうだと?」


 何の知らせもなく帰宅してきた親父殿。

 偶然エミリさんと居合わせたのはいい。


 ただエミリさんの知り合いに、どうも親父殿が似ているらしい。

 エミリさんが全く気づかないほどそっくりのようだ。


 だけど人違いなんですよ。これはウチの穀つぶしにして、年中無休の迷惑男です。


 だけど似ているとはいえ、それは外見だけにしてほしいよ。


 もしこんな熊みたいな図体で、無神経な人間がこの世に2人もいたら、それは天災でしかない。

 日本が滅んでしまうよ。


「がはは、神花ハンター、久しぶりだな」


「はい、ここでお会いできるとは思ってもみませんでしたわ」


 ちょっと待て。このクズ親父殿がノリで話を合わせやがった。

 よりによって俺の前で、エミリさんをたばかるなんていい度胸している。


 どうせアレだ、知り合いのふりしてお金を借りるつもりだろう。

 で、あとはシラを切りまくり、逃げる算段でも立てているのだろう。


 だがそんな事はさせやしない。

 エミリさんは俺が守るぜ。

 正体をばらして、親父殿に赤っ恥をかかせてやる。


「ははは、エミリさん。人違いをされてますよ。それはウチの親父殿で番場バンバ乱費らんぴです。それにハンターどころか、仕事を持たないフリーターなんですよ」


「えっ、宝蔵院ハンターじゃないんですか?」

「いや、オイラだぜ」

「はあ、親父殿。恥ずかしいから嘘はやめろよ」

「えっ、お兄ちゃんこそ何言ってるの。お父さんはハンターだよ?」

「……もう結衣までノってくるなよ。それに名前すら合っていないだろ」


「「「………!」」」


 ウチの家族全員が、光のない瞳で固まっている。

 なんだか不穏な空気になり、段々とよどんできている。

 結衣が震えた声で、バツが悪そうにささやいてきた。


「あのね、お兄ちゃん。名字が違うのはお父さんが旧姓を使って活動しているからよ。本当に知らなかったの?」


「えっ、マジ?」


 母さんを見るが口をすぼめてWhyのジェスチャー。


「あらあら~、秀太ちゃんには困ったものねえ」


「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 信じられないよ。あの穀つぶしで怠け者でお調子者で足の臭い親父殿が、ハンターとしてやっているなんて。


「い、いつからだよ?」


「私達が生まれる前からよ」


 会いた口がふさがらない、なんて間抜けな俺なんだ。

 知っていた3人と気づかず一緒に生活していた俺。今までよくかみ合っていたよな。


 我ながら呆れるが、こんな恥ずかしい姿をよりによってエミリさんに知られてしまったよ。


 照れ隠しでつい口早になってしまう。


「そ、それにしてもエミリさん、一介のハンターの事をよくご存知で。どこで知り合ったんですか?」


 するとエミリさんは困り顔で言いにくそうにしている。

 聞いちゃいけない事だったか。

 エミリさんにも歴史はあり、踏み入れられたくない大事なものがあるのだろう。


「あのねシュータさん。宝蔵院ハンターはSランクハンターなの。だから私も昔から知り合いで、よくお世話になっていたの……よ。……やっぱりショック、よね?」


「あうあうあう」


 そんな理由じゃなかったかーーー、単に気を使わせてていただけだ。

 しかもその内容に驚きすぎて、あごが外れ目が飛び出し悟られないくらいに少しちびった。


 と、待てよ。宝蔵院ほうぞういん乱費らんぴって、なんだか聞いたことある名前だぞ。…………あっ!


「思い出した! Sランク宝蔵院と言えば、世界でも珍しい錬金術の第一人者で、ダンジョン世紀からの牽引者のうえ、みんなが憧れるスーパーウルトラハンターじゃねえか!」


「おう、よく知ってんな。褒めてやるぜ♪」


 その素性の詳しくは公表されていない。

 だがあらゆる種類のダンジョンを踏破し、未知なる素材を元に様々なアイテムを作り出した男。


 俺も彼に憧れていた。


「だーまーさーれーたーーーーーー!」


 宝蔵院ハンターの正体が親父殿だったなんて、鳥の股に睾丸があるって言われた方が、よっぽど信じられる話だぜ。


 ……はっ、俺は何を言っているんだ。頭がクラクラするよ。


 そんな絶叫する俺をみてケタケタと笑う親父殿。

 オロオロするエミリさん。

 料理を温めにいく母さん。


 俺の中で何かが壊れる音がした。


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