第41話 お兄ちゃん、彼女連れてくるってさ ②

 俺の計画では部屋でまじめに話をして、ちゃんと理解をしてもらうはずだった。


 そしてエミリさんが。


『そ、そんな大変な試練だったのね』

『ええ、だからエミリさんにも言えなかったのです』

『だったら私が支えるわ!』

『えっ!』

『いいえ、人生のパートナーとしても貴方を支えていきたいの』

『エ、エミリにゃん、結婚しよう』

『うれしいわ、シュータにゃん』


 って、なるはずだった。


 それが女同士でお菓子や服の話して盛り上がっていて、終わりそうな気配がない。


「あのー、そろそろ本題に入りたいんだけど、いいかな?」


 3人がしばし沈黙、こちらを見てくる。

 学生時代に経験した〝男子、入ってくんなよ〞のあの視線だよ。

 社会人になって種類は変わったけど、何度経験してもいたたまれない。


 それとだめ押しで、なんとか聞き取れるほど小さな声で母さんがボソリ。


「まじめだな、おい」


 普段言わないセリフに身震いをした。

 そんなダメなタイミング?


 だけど負けていられない。

 エミリさんだって忙しい身なんだ。

 バカな家族に振り回されたらいい迷惑だ。


 母さんと結衣はまだ邪魔してくるが、なんとか押しのけて話を切り出した。


「エミリさん、今から話すことは全て真実です。どうか信じて下さい」


 うなずくエミリさんは居ずまいを正した。


「お察しの通り、俺が2人目です。前にも話したスキルの進化、これが神の隠した試練とも言える秘密の1つなのです」


「ひとつ?」


 とっぴもない話だが、エミリさんは真剣に聞いてくれている。

 あの時の神の発した言葉をありのまま伝えた。

 そしてその異常性にエミリさんは驚いている。


「いくつも秘密があるだなんて。しかもそれをたどり神の元まで来いと?」


「はい、その証拠にペ・ポコは魔人化という別の秘密を見つけ、神に認められました」


「えっ、シュータさんもアレになるの?」


 遠くから魔人が見えたのだろう。

 あのおぞましい姿を思いだし、すがるように手をとってくる。


「いいえ、アレはきっとルートが違うと思います。それに俺の心が受け付けませんよ」


 ほっとしているエミリさん。

 俺だってあんなのはゴメンだよ。


 というか、そう簡単には魔人化は出来ないだろう。

 スキルの進化でさえ、あんなに大変だったんだ。


 魔人化も何か特定の条件がいるはずさ。

 目の前で見ていたのに見当がつかないんだ、きっと解き明かすのは無理だろな。


 それをキチンと伝えたが、エミリさんは別の方向で心配していた。


「でもその再現が無謀だと理解できず、真似をする人が出てくるかもよ?」


 結衣にも言われたが、その真似が一番こわい。


 仕組みが分かっていないのに、個人レベルでの挑戦は馬鹿げている。


 逆にタチが悪いのは国家単位での実験だ。


 人の命など軽く考えている国などいくらでもある。

 利益に目がくらみ実験を繰り返す。

 たとえ仕組みが分かっていなくても、いつかたどり着けば良いと考えるだろう。


(いわゆる命がけの人体実験よ、お兄ちゃんも気をつけてね)


 あんな風に忠告されるから、まじでビビったよな。


「どんなに危険な事になるかすぐに想像がつきました。だから公表しなかったんです」


「そうよね。一人に話せば広まるのは避けられないものね。……でも私に話して良かったの?」


「はい、エミリさんだからこそ話しておきたかったんです。なかなか踏ん切りがつかずにごめんなさい」


「ううん、話してくれてありがとう」


 信用している事を伝えれてよかった。

 互いに胸につかえた物がとれた。


 話してみれば、心配していた忌避感を持たれなかったし。

 ホッとして、力が抜けた。


「……それでシュータさん、他にまだ隠している事はない?」


「いいいっ!」


 まさかの不意討ちに、心臓が潰れそうなくらい驚いた。

 隠し事はありますです。レベル上限突破弾の事はまだ話していないですよ、はい。


 そんな事など何も言っていないのに、エミリさんはなぜ分かったんだろ?

 勘がいいにもほどがあるよ。


 しかし、限界突破の事は話せないよ。

 エミリさんが話さなくても、もし外部にもれたらエミリさんを危険な事に巻きこんでしまう。

 そうなったら、俺は自分を許さないだろう。

 当然だ、それほどエミリさんは大事な人だ。


「い、いいい、い、いいえ、あ、ありませんよ、ははっ、ははっ、あははははっ」


 ふぅ、よどむことなく答えれた。


「……じーーーーーーーっ」


 なのに、なんだこの濃厚なプレッシャーは!


 Sランクの……いや、これはいつも感じている物と同質だ。


「はっ!」


 反対側からはどす黒いプレッシャーがきた。これは結衣のものだ。


 うううっ、〝話してくれるわよね?〞というエミリさんのと、〝言うんじゃないわよ、バカお兄〞の圧力。


 骨がきしむほど、どちらの圧もハンパない。

 滝のようにながれる汗、それを拭うハンカチを出す。

 と、ポケットから卵大の赤い物を落としてしまった。


「シュータさん、こ、これは?」


 拾い上げてくれた物を手に、エミリさんが聞いてくる。


「あっ、はい。それは魔人化したペ・ポコを倒した時のものです。不気味な色だし捨てようかと思ってました、はははは」


 他の話題になり一安心だ。


 このまま猫の話にでもシフトチェンジしようかと思っていると、エミリさんが小刻みに震えている。


「どうしたんですか?」


「シュ、シュータさん。これはあの〝賢者の石〞よ!!!!!」


「「「えっ?」」」


 不意に出てきた超レアアイテムの名前、さすがに信じられないので聞き返す。


「またまたー、賢者の石って言ったら錬金術における究極の素材ですよ? そんなの出るはずないですよ」


「本当よ、この真紅のきらめきは確かよ!」


「えっ、でも本物なら数十億円の価値ですよ?」


「いいえ、この数年出ていないから、もっといくかも」


「って事は…………ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 キタキタキタ、来ましたよーーーー。遂に人生逆転ですよ、はっはっはー。


 今まで押さえていた欲望が溢れてくるよ。

 税金がいくらするかは知らないが、買えない物なんてないだろ。


 まずは家を買ってー、土地を買ってー、マンションも買ってー、で……土地かな。


 あとは……そうそう高い車も買ってやる。おっとその前に免許を取らないといけないな。


 美味しいものだって毎日食べれるし、小遣いだって一日5000円いっちゃおうか。

 それから、それからー、あーーー想像できないけど、夢のような生活が待ってるぜ。


 使いきるのも大変だよ。


 結衣と母さんも大喜びをし、抱き合ってはしゃぎまくっているよ。


 俺にもハグをするため、両手を広げて駆け寄ってくる。

 力強く熱のこもったハグだ。俺も同じように返したよ。


「お兄ちゃん、限界突破忘れているよ?」


 ボソッとささやかれた。


 思い出した。あれがある限りどんな莫大な財産があっても、一瞬で消え去ってしまう。

 神からの悪魔の呪縛が残っている。


 だが物は考えようさ。


 この際だからハンターを辞めて、のんびりと暮らすのもいい。

 無理して危険な生活を続けることはないんだよ。

 そうだよ、金持ちは額に汗をかかないものさ。


 そんな俺の考えを見透かしたのか、結衣がまた耳元でささやいてきた。


「弱いままだと、捕まって限界突破マシーンにさせられるわよ?」


「ひいいいいっ!」


 血の気が一気にひき、寒気で全身こわばってくる。

 ふらつき膝が崩れたが、エミリさんに支えられた。


 情けない俺をみて、エミリさんは〝そうよね〞とわんばかりにうなずいてくれる。


 やはりこの人って天使だわ。

 詳しい内容が分からなくても、俺の心をくみ取ってくれる。


「あ、ありがとうございます。おれ……」


「ええ、シュータさんも気づいたのね。この賢者の石が魔人化の触媒ってことに」


「にっ?」


「2つの死体に残る生への執着心、これだけで魔人化が起こるはずないわ。でもここに膨大な魔力が加わったら話は別。だからあの凶事がおきたのね。シュータさんの推理と合っている?」


「さ、さすがエミリさん。その通りです」


 いやいや、何それ、怖いんですけど。

 なんでそんな難しいことを思いつくの。


 俺なんて、大金の使い道すら考えつかないのにさ。エミリさんってスゴすぎだよ。


「そうなると、売りに出すのは危険だわ。魔人化と賢者の石を結びつける者が現れるかも」


「そ、そうしたら?」


「人体実験、そしてシュータさんにも危険がおよんじゃうわ」


 ぎゃーーーーーーー!

 やっぱり人体実験にたどり着くんだ。それって世界の常識なの?

 平和な世の中ってないのかよー。


「誰にも言わず、ほとぼりの覚めるまで隠しておいてね?」


「は、はい。死んでも隠しとおします」


 えらい話になってきた。こんなガクブルの事になるなんて、話さない方がよかったかも。


 でもエミリさんの俺を心配してくれている顔をみたら、そんな考えは吹っ飛んだ。

 話したからこそ、距離が縮まった気がするよ。

 幸運の指輪の効果がまだ続いているのかもな。


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