第38話 モンスター氾濫 ④

 ダンジョンへ向けて走り続けるなか異変に気付いた。


「モンスターが一匹もいないぞ」


 次々に湧き出してくるはずなのに、姿が一切確認できない。


 もしかしたら既に誰かが、ボスを倒したのかもしれない。

 そう考えるが、未だ討伐の連絡は来ていないし楽観視はできないな。


 走り続けると、ようやくゲートが見えてきた。

 そしてかたわらには派手な人影が見えた、ぺ・ポコだ。

 俺はバッヂを握り叫んだ。


「そこまでだ、ぺ・ポコ。両手を挙げて降参をしろ!」


 ビクンと固まるペ・ポコをすかさず捕らえ、取り出したロープで捕縛した。


 バッヂの効果で身動きがとれないぺ・ポコだが、口もとだけは笑っている。

 コレがしてきた非道を思いだし、頭に血がのぼる。


「何がおかしいんだ!」


 それでもぺ・ポコは笑い見上げてくる。


「お前はボスが出てくる直前の〝湧きの空白〞を知らないんだな。やはり日本人はバカばかりだ、あはっ、あはっ、あははははははははは!」


 その言葉と同時にゲートから冷気がもれてくる。

 それはふちをつかむ青白い手から漂ってきていた。

 現れる部分が多くなるほど、その冷気は増してくる。

 見えてくるのは鱗におおわれたヒト型の体。

 そして頭には無数のヘビがうごめいている。


「ゴ、ゴルゴン!」


 このダンジョンのボスが出てきた。

 最悪の展開だ、スタンピードで外に出てきたモンスターはその強さを一段あげてくる。

 それはボスも例外じゃない。特にこれの石化は厄介だ。


 目を見てしまう前にゴーグルをつけ、石化の被害を防ぐ。

 そしてゲートに近いため、倒れるぺ・ポコを残し飛び退いた。


 ゴルゴンは完全にはゲートを出ていないので互いに手を出せないが、それがいつ終わるともわからない。


 その場に残され、地面に転がるぺ・ポコはまさに生け贄状態だ。


「あーはっはっは、やっと来たなヘビの女王よ。さあ、この忌々いまいましい奴らを滅ぼすのだ!」


「ぺ・ポコ、狂ったか。モンスターはお前の味方じゃないぞ」


 長い逃亡生活のせいか、頬はこけ目が落ち込んでいる。

 決して健康そうには見えない姿だ。


 しかしその表情は明るく、嬉々ききとして幸せそうだ。

 何度もうなずき立ち上がったぺ・ポコは、震える声で語りだす。


「いいや、俺を見捨てた故郷のクソッタレない奴らも、愚かな日本人もうみんな敵だ。そしてこいつはお前らを滅ぼす者。いわば俺の大親友さ。何も恐れる必要ない!」


 ぺ・ポコはゴルゴンの体に寄りかかる。

 ゴルゴンが完全に外へ出ていないとはいえ、笑う姿にはひいてしまう。


 やはりぺ・ポコは病んでいる。

 妄想と現実が区別つかない。救うにしても難しそうだ。


「あーはっはっは、そしておれは王になる。人もモンスターもすべて俺に従わせてやる。最強の王の誕生だ!」


「はやくそれから離れろ。死ぬぞ」


「ノンノン、俺には切り札があるんだよ」


「いいから早く!」


 ロープをたぐり寄せようとするも、体をよじって拒んでくる。

 俺の行為をあざ笑い、ますます熱をいれて話している。


「そうこんな凶悪なモンスターであっても、まるで長年の友であるかのように俺のために尽くしてくれるようになるんだよ。なあ、信じられるか? モンスターが友になり、俺のかたきになる人間を殺すんだよ」


 ここでぺ・ポコのスキルを思い出した。


〝親友作成〞だ。


「あはっ、答えを知っているようだな。その奇跡に立ち会えた事に感謝をし死んでいけ。いくぞ【親友作成】」


 ゴルゴンがゲートを出きったのを見計らい、ぺ・ポコがスキルを発動させた。


 触れた手から魔力が伝わり、光の膜がゴルゴンを包む。

 さっきまで牙をむいていたゴルゴンだが、力を抜き大人しくなった。


「ハッハー、これで未来が分かっただろ。俺のスキルは完璧で、誰もがうらやむスキル5つ持ちなんだ。……それをあのクズどもはーーーーーーー! ぶっ殺す、ぶっ潰す、むちゃくちゃにしてやるーーーーー!」


 完全にゾーンに入ったぺ・ポコ。

 全く周りが見えていない。


 ──斬っ!──


 だから後ろのゴルゴンの変化にも気づかなかったのだ。

 ゴルゴンは鋭い爪を大きく振りかぶり一閃。

 ぺ・ポコの胴体を真っ二つに切り裂いた。


「へっ?」


 ペ・ポコはマヌケな声をだし、体が2つになり別々の方向へ倒れた。


「ぎゃーーーー、痛い、いたい、あーーーーーーーーーーーーー!」


 普通なら予想できた結果だ。

 いくら優秀なスキルとはいえ、そう簡単にA級モンスターに効くはずがない。


 そしてスキルを仕掛ける事は敵対行為。

 反撃をうけるに決まっている。


 崩壊した精神では、そんな当たり前の事も思いつかないのだろう。

 最後まであわれな奴だった。


 ゴルゴンも既にぺ・ポコには興味をなくしているのか、明後日の方向をむいている。


「ゴルゴン、舐めてるのか。そんな隙を俺に見せるとは!」


 これはチャンスが巡ってきた。一気にけりをつけてやろう。


「おーい、バンバーン」

「どこーーー、ねーーーーー?」


「いいいい!!!」


 この場にはあり得ない幼く可愛らしい声がした。

 ゴルゴンはニヤリとして動きだす。


 その方向にはさっきの園児とそれを追いかける自衛隊員が見える。


『ヒョイヒーハーヒョー!』


 ゴルゴンは氷結魔法を唱え、大きな氷柱つららをいくつも作りだし射とうとしている。


「舐めんなって、ドゥルルルルルルルルル」


 氷柱をひとつ残らず撃ち落とす。

 ゴルゴンは唾棄だきし、次の魔法をうとうとしている。


「動くなゴルゴン。これ以上の悪い子ちゃんはダメだよ、メッ! この超新星ハンターのバン・マンが許さないぞ」


 バッヂを片手に指をさし、ひと呼吸ためて拳を握る。


 子供たちがいるからサービスだ。

 怖がらせたら大変なので仕方ない。うんうん、無理してやっている事ですよ?


「バンバーン、がんばれー!」


「子供たちよ、応援ありがとう。危ないからさがっていなさい」


「はーーーーい!」


「さてと、一気に終わらせるぜ。ドゥルルルルルルルルルルルルルルル!」


 血しぶきなどグロテスクなものを見せないよう木っ端微塵に吹き飛ばす。

 こんなアフターフォローにも気をつけないとね。


「リロード、討伐完了。悪よ、お前の居場所はどこにもない、ニカッ!」


「やったーバンバーン」

「バンマン、カッコイイ」


 一部名前を間違えているが、そこはあえて指摘しない。やっぱノリが大事だよ。


 隊員さんの腕の中でも元気一杯だな。……んんん、隊員さんたちも一緒になって叫んでる。なんでだよ?


「番場ハンター、自分マジで感動したッス」

「俺もッス、むっちゃヒーローですよお」


 大人が食いついてきている。

 だけどまだ今はスタンピード中だ。気を抜いちゃダメだと警告しておくか。


「水を差して悪いんだけど、警戒を怠らないでくださいよ」


「そ、そうでした。すみません」


 俺の指摘に隊員さんは、我にかえって恥じている。

 それを見て子供たちは大喜び。これでもかとイジっているよ。


「子供たちよ、それ位にしておくんだ。隊員さんには大事なお仕事があるんだからね」


「はーい、ばんばん!」


 自衛隊さんは皆と合流するためにも、周囲の確認やら忙しい。

 彼らには本来の仕事でもあり、てきぱきと軽快に動き出す。


 隊員のひとりが本部にボス撃破の報告を入れていて、向こうの沸き立つ様子が伝わってきた。


「分かりました、英雄のお声が聞きたいのですね、お待ちください。……番場ハンター、ひと言お願いします」


「えっ、お、おれ?」


 本部に対して話せといってくる。無理だと顔をそむけるが別の隊員さんに追い詰められた。

 恥ずかしかったが、隊員さんの気迫に押され、ひと言だけ伝える事にした。


「えっと、ハンターの番場です。ボスは倒しましたが、残党狩りがのこっています。気を抜かず頑張りましょう」


『うおおおおおおおおおおおおおおお!』


 こんなに喜んでもらえるなら勇気をだして言って良かったよ。


 それと、帰り道ならもう回復薬の心配はいらない。

 さっさと限界突破をして、残りのモンスターで儲けないとな。


「番場ハンター行きますよ」


「ああ、少しだけ待って下さい」


 子供にも見られないよう背をむけて、腕に突破弾を撃つ。


【♫レベル上限解放、貯まっていた経験値が消費されます】


【♫レベルが……】


 これでやっとだよ、と振りかえって見えたのは、信じられない光景だった。


 太い尻尾が子供たちを襲っていたんだ。


「クッ!」


 俺は即座に駆けだし間に入る。

 そして彼らの盾になった。


「グゴッ!」


 正面からの威力を、なんとからす事は出来たが、腕やあばら骨はへし折られ、肺を潰された。

 血が逆流しグンッと視界が狭くなる。


【♫レベルが上がりました】


 血ヘドを吐くも、レベルアップの恩恵で瞬時に傷が治り痛みはひく。

 膝をつくことはなく相手を睨みつけれた。


 だけど血でむせ声は出せない。


 一拍遅れて自衛隊員もこの事態を把握し、子供たちを抱えて離れてくれた。


 運が良かった。


 回復薬を持たない時に、あの一撃はなす術がない。

 あのままトドメをさされて終わる所だった。


 運に……いや、幸運の指輪ちゃんに助けられたんだ。

 あの絶妙なタイミングはそれ以外考えられないぜ。


『おいおい、なんで今ので生きているんだ? 無傷って手品かよ!』


 死んだはずの者の声が聞こえてきた。


「この声は、まさかぺ・ポコか?」


 これは自分の耳か、それとも頭を疑わなくてはならない事態が起きているぜ。

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