第32話 お一人様用、錬金術コーナー ③

 とほほほほ、選択肢が3つに増えちまった。

 なんだかもてあそばれているかのようだよ。


 神は俺の反応をみて、大爆笑でもしているのだろうな。

 それなら大成功さ、あんな大声なんて初めて出したんだ。何回もリプレーするがいいさ。


 とは言っても、3つの内どれかを選ばなくてはいけないのは変わらない。


 だけど、2回の進化を終わらせても、いまだボンヤリとした効果しかない指輪ちゃんは、他の2つに比べてだいぶ格下だ。

 やはりバッヂとゴーグルの2択ってことだな。


 ゴーグルはダンジョン攻略で常に使うため、俺の中では安心できる友のような立ち位置だ。


 対してバッヂは、ここぞというときに力を発揮して、みんなを救う使い方をしている。

 これも変だけど、頼れる兄貴みたいな物だよ。


 どちらの力も必要だし、どちらも優先して進化をさせてやりたい。


「うー、もう分からないぜ!」


 考え続けるけど答えは出ない。

 選択の難しさと、100万円もかかるプレッシャーで、視界が狭くなってきた。


 すると人間って不思議なものだ。

 追い込まれると、普段考えないことを大胆にやれてしまう。


「ええーい、選ぶと思うからイケないんだ。いっそのこと、蚊帳のそとの指輪ちゃんでいってみるか、トオゥッ!」


 指輪と魔石100個をぶちこんで、Yesの文字をタップする。

 軽快な音楽がながれ、❰しばらくお待ち下さい❱の文字をながめる。


 人って成長すれば、昨日の自分が小さくみえるものだよな。

 俺はいま、まさにそんな気分だよ。


 散々悩んで出したこの答えに、自分でも清々しさを感じるよ。

 悩んでいたのが馬鹿らしくなる程に。


 色即是空、己の心に問いかければ、おのずと答えはでてくるよ。……うん。そう、答えは出てきちゃう。


「…………わーーーーん、やっぱ、ナシナシナシ! ちょっと待って、お願いだから。今のをやり直しさせてくれーーー!」


 そうだよ、不確かな運に百万円ってあり得ないよ。どこの霊感商品だよ。

 そんな勿体ない使い方をするなんて、俺はどうかしてたんだ。

 なにが色即是空だよ。悟りなんかじゃ、お腹はふくれないぜ。


「だから、神様お願いします。どうか、どおおおおおおか錬金術を止めてください!」


 キャンセルボタンはどこにもなく、開口部をこじ開けようとしてもビクともしない。


 叩いて、蹴って、甘えてみても、機械は一向に止まってくれない。

 それでも諦めずに、必死に続けた。


 が、無情にも錬金術は終わり、開口部から指輪ちゃんが帰ってきた。


「ははっ……ははっ。終わったよ、はぁー」


 もう笑うしかない。俺は自分がこんなにも愚かな人間だとは思わなかった。


 蚊帳の外なら、それなりの理由がある。

 しかも自身が評価した事なのにさ、それすら忘れてこのザマだ。


 でもやってしまった物は元には戻らない。

 仕方ないと涙を流しながら、一応能力を確認してみる。


 ───────────────────


『幸運の指輪Ver3』


 そこそこツイている指輪。

 幸せはチラチラ見え隠れです。


 ───────────────────

     ⇩  ⇩  ⇩

 ───────────────────


『幸運の指輪Ver4』


 いい感じでツイている指輪。

 ほら、幸せはもう目の前です。


 ───────────────────


 性能は少し良くなったけど、何が違うのか分かんねええええ。

 半端なことをしちまった。


 とここで、単純な見落としに気がついた。


「そっか、もう一回ここに来ればいいじゃないか!」


 すっと、心が軽くなった。


 そうさ。手元に魔石がないなら、集めて戻ってくればいい。

 どうせなら準・賢者の石を、ひとつだけでも手に入れて、ガンベルトを進化できれば言うことなしだよ。


 そうなるとボスを倒すのはヤメだな。

 せっかくの錬金術コーナーも消えてしまう。

 行き帰りは不便になるが、それ以上に得るものはあるもんな。


 それとこの件については、ダンジョン協会に報告をして、保護してもらうおう。

 これがみんなに広まれば、ダンジョン攻略が劇的に楽になるし、俺も感謝されて万々歳だぜ。


 誰もがワーキャー詰めかけて、そうなったら第一発見者の俺は、めちゃめちゃモテるかも、うひっ。

 下手したらこのダンジョンに、俺の名前がつくかもしれないぞ。

 これはやる価値がありだ。

俺は有頂天になって舞い上がってしまった。


「ひとまず今日はありがとな。また来るぜ」


 走って帰らないと朝になる。そう駆け出そうとした時、後でなにやら音がしだした。


 まさかと思い振り返ると、上からシャッターが降りてきているんだよ。


「ええええ、営業時間終了?」


 中途半端な時間に閉まるのだなと思いつつ、そのさまを見守るしかない。


 だけど、少し胸騒ぎがしてくる。

 閉まりきったシャッターには、営業時間など書いてはなかったんだ。

 次はいつ来たらいいのか分からない。


 地面に這いつくばり覗いても、中の様子は見られない。


 どうしようかと途方に暮れていると、錬金術コーナーの全体が段々とボヤけてきたんだ。

 まさかと触ってみても、なんだか感触がおかしい。

 うすい金属の弾力はなく、冷たくざらつく手ざわりだ。


 焦るだけの俺はなす術もなく、しまいに錬金術コーナーは、跡形もなく消え去ってしまった。


 目の前が、他と同じただの壁に変わったよ。


「うそ、うそ、待って。まだ進化させたいのがあるんだぞ。純情な俺をまどわすなんて非道ひどいだろーーー!」


 不安が的中した。

 もしや中にまだあるのかと、壁を叩いてみても、中が詰まった音しかしない。


「おーい、誰かいませんかー? おーい、居たら返事してくださーい!」


 何度叫んでも応えは返ってこないし、もう泣きそうだよ。


『グギギギギッ』


 しかもーー、こんな時に限ってザコが寄ってくる。


「忙しいんだから、邪魔するな。バン、バン!」


「ぎゃーー!」


 余裕がないものだから、だから、過剰な攻撃をしてしまった。

 しかも動揺したせいで、一発外してしまっているしさ。

 何をやってんだよと自嘲し、壁にあけた穴を指でなぞる。


 と、ひらめいた。


「壁にはばまれているなら、ぶっ壊せばいいじゃないか!」


 単純な事だけど、意外な解決策に我ながら感心したよ。

 両手でかまえ狙いをすます。


 錬金術コーナーを復活させるには、あとはクチ鉄砲をするだけだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る