第27話 昇格事前クエスト ④

 赤茶色の壁が次々と、ボス部屋と同じ色に変わっていく。


「な、何がおこっている?」


 そんな問いに答えたのは、奥から聞こえてきた不気味な唸り声だった。


『ふしゅるるるる。もう獲物が来たか』


 振り向くとボス部屋とを区切る扉から、なんとボスが手を出していた。


「嘘だろ、ボスはあの空間から出られないはずなのに……ヤ、ヤバい」


 ぺ・ポコの悲鳴に似た呟き。

 そして変色は進み、ついにはこの部屋全体が真っ青に染まった。


『食いでがありそうな人間だな、ジュルッ』


 大口をあけ、よだれを垂らすアークデーモン。

 それを合図に、奥にいたぺ・ポコめがけてジャンプした。


 大きな図体からは想像が出来ない程の速さだった。

 そしてこの後に起こった事に意表をつかれ、うまく対処できなかった。


 それは襲い掛かってくるアークデーモンに対してぺ・ポコは逃げるのでなく、隣にいたイ・ニョウドウンの腕をとり、自分の方に引き寄せたんだ。


「「へっ?」」


 予想外なことで誰も動けず、イさんはそのまま悪魔からの攻撃を受ける。

 強烈なドロップキックをうけ、壁に踏みつけられた。


『ふん、身代わりか。それも良しだ』


「ぐごごごっ、た、たすけ、ぐごっ」


 何度も踏みつけられ、イさんの体は変形していく。


「あああ、ヒール、ヒール、ヒール。回復が追いつきません。これではイさんが!」


「おう、任せろ。バン!」


 イさんに当たらないよう威嚇射撃をし、一旦悪魔を引き剥がす。

 そして次にバッヂを握り大声で怒鳴る。


「悪魔め、それ以上の狼藉は許さんぞ。いますぐ手を上げ降参をしろ!」


 完全に出遅れていた俺だけど、保安官バッヂの効力を発動させ、アークデーモンの動きを止めた。


 どさりと床に倒れるイさん。

 意識はないが死んではいないようだ。


 この間もちびっ子は駆け寄り、懸命に回復を続けている。

 俺もイさんに駆け寄るか、それとも援護に回るかを、ぺ・ポコの動きを確認してからと思い彼を見た。


 が、ペ・ポコがいない。


 見ると出口へ向かう姿がみえた。


「ぺ・ポコ、何処へ行く。いまがチャンスだぞ!」


 立ち止まった彼は、ゆっくりと振り返り肩をすくめた。

 そしてイさんを指さしニヤついた。


「そいつはもう俺を縛れない。逃げれる好機をくれた悪魔に感謝だぜ」


「な、何を言っているんだ?」


「日本人は馬鹿だな。日本語で言っても通じない。劣った民族はその守銭奴と一緒にくたばりな」


 ぺ・ポコはそれだけ言うと出ていった。

 高笑いだけが響いている。


「やっぱりクズはクズですね。あれは絶対に許しませんわ」


 怒りながら回復を続けるちびっ子。

 それと同時に俺もかまえた。


 まだ動けない悪魔だが、すでに標的をこちらにかえている。

 鼻息は荒く、憎々しげににらんできている。


「よし、俺が囮になる。そっちは任せるぞ」


「ダメです、シュータ様。あの攻撃に耐えられる防御力は、こちらにありません」


 悲鳴ともおもえる訴え。


 あの破壊力を見ての判断だ。

 ちびっ子のその見立てに間違いはない。


「それは気にするな。ちびっ子は回復に集中していな。絶対にそっちには行かせねえよ」


 ここから遠目でちびっ子の頭に手を重ね、撫でる仕草をおくる。


「ですが……」


「心配するな。お前が信じてくれている俺は強い男だろ?」


「は、はい、そうです。シュータ様は最強です!」


 そろそろバッヂの効果が切れる頃だ。

 その前にケリをつける。


「決めてやる。バン、バン、バン!」


 前傾姿勢で胴体に狙いを定め、三連射で仕留めにかかった。

 しかし、ひと足遅かった。

 悪魔が動きだし、あと一歩のところで仕留めそこねた。


 だけどかなり警戒をしている様子で、すぐに飛びかかってくる気配はない。


「凄いスピードだな、こりゃ本気出さないとヤバいかもな」


 バッヂの効果は広範囲だが、一度だけしか効かない。

 それを悟られないよう、余裕の態度は崩さないでおく。


 だが俺の勝ちは揺るがない。

 なぜなら俺にはバン・マンがあるからだ。


「カモンVer1、リロード。バン!」


『ぐっぐおおお、殺られたズラ~』


 よし、百発百中のVer1だ。

 下手な演技だけど、完全に隙が生まれたぜ。


「カモンVer4、リロード。バン、バン、バン、バン!」


 心臓狙ったはずなのに、左腕だけを吹き飛すだけしか出来なかった。

 あの崩れた体勢からの動きには驚かされる。


「マジ早いな、バン、バン、バン、バン!」


 このアークデーモンは対戦史上、最も素早いモンスターだ。

 あまりにも早く、かすり傷しか負わす事ができない。


 イライラが積もり、オートマチックで殺るかと考えるが、悪魔の目をみて思い直した。


 イラついているのは向こうも同じだ。


 そして、ちらりとちびっ子を見やがった。


『鳥が捕まえられないのなら、ウサギを狙うズラよ、ハッ!』


 アークデーモンは方向転換をし、ちびっ子の方に走り出す。


 しかし、これは読んでいた。


 2歩目が地につく前に、肩を吹き飛ばしてやった。


「そりゃ、甘いだろ。舐めるにも程があるぞ」


『よくも、やってくれたズラね。クソ人間!』


 するとアークデーモンは咆哮をあげ、魔力の集中を始めた。

 目の前には大きな炎をつくり、大技で一気に決めるつもりのようだ。


「残念だな、お前の売りはそのスピードだったのによ。それを犠牲にしてどうするんだよ?」


『ぐははは、この地獄の黒炎を喰らって同じ事がいえるか楽しみズラ。受けみるがいいズラよ、ウリャーー!』


「シュータさま、負けないでーーーー!」


 向こうからちびっ子の応援も聞こえてくる。

 なんだか舞台が出来上がったぜ。


「任せろ、これで終わりだ。ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」


 特大の炎をかき消してすべて着弾、ガードした上から肉も骨も残さず吹き飛ばしていく。


『こ、この破壊力で連射とは、ぐごごごっ!』


「リロード、はあーっ、ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル……」

『ぐわっ、ヤ、ヤメ、ぐおおお、ぎゃーーーーーーー!』

「ルルルルルルルルルルルル、リロード!」


 木っ端微塵とはこの事だな。

 舞い上がる血しぶきと砂煙がやがておさまり、魔石だけを残していた。


 相手との距離をとれた事と、地道に上げてきた素早さによる勝利だぜ。

 この勝利にひと息を吐き、振り返る。


 ちびっ子は頭をおさえて心ここにあらずだな。

 連射をみせるのも初めてだし、しょうがないなと頭を撫でてやる。


「どうだ、約束は守ったぞ」


 それでもただ見つめてくるだけで、ひと言も発してこない。

 こうなったらと、ほっぺを摘まんで左右に引っ張った。


「痛い、痛い、痛いですーー。もうシュータさま! それに格好良いところ持っていきすぎですよ!」


「ははは、それよりイさんは大丈夫なのか?」


 プク顔をしながら心配ないと告げてくる。

 ちびっ子にも、少し心に余裕ができたようだ。


「さあ、帰ろうか」


 怨みがましい上目遣いで見てくるが、手を差し出すと笑ってくれた。




 帰還ゲートを通ったあとに、意識を取り戻したイ・ニョウドウンさん。


 ちょうどダンジョン協会の職員さんもいたので、中で起こったこと全て話しておいた。


 職員さんは慌てだし、イさんはがっくりと項垂うなだれている。


 そして、何人もの兵隊がやって来て、ダンジョンの周りを包囲していった。

 じきに崩壊する中から、ぺ・ポコが出てくるのを待つようだ。


 俺はみなさんに敬礼をし、この場を去った。


 こうして俺らのクエストは終了した。



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