第23話 帰ってきた親父殿

 エミリさんには後で連絡すると約束し、我が家へと急いだ。


「たっだいまー」


 早い時間帯なのに返事がない。

 いつもと違う異様な雰囲気に戸惑う。


 いや、これは以前にも体験している事だ。過去の忌まわしい記憶が甦る。

 俺は異常事態を察知し、リビングに駆けこんだ。


 そこに広がる光景は予想通りで、熊のような大男が、妹の結衣を床に押さえつけられている。


「お、お兄ちゃん、助けて!」


 哀れな結衣。髪はぐちゃぐちゃに乱れ、鼻水をたらし泣いている。

 壁には研いでいた包丁が突き刺さり、懸命に戦ったあとがうかがえる。


 俺は大きく息を吸い、腹の底から声を出す。


「おい親父殿、結衣をすぐに放すんだ!」


「おー、秀太。ダディはいま帰ったぞ♪」


 すっげー嬉しそうに笑う親父殿。

 それが余計にこちらの神経を逆立てる。


「何が帰っただよ、この借金魔。その能天気なつらを一発殴らせろ!」


 C級ハンターのフルスイングだ。一般人が当たれば大怪我じゃすまない。


「おっ、生意気な♪」


「ぐええええええええええっ」


 そう、当たればだ。

 悔しいがいまだに、この親父殿に勝てた試しがないんだよ。

 関節をとられ、結衣と仲良く床を舐めてます。


「なあ秀太、誰が誰を殴るだって? 教えてくれよ、うりうりうり~」


「ぐええええええええ!」


 それに加えてうちの親父殿は、性格の悪さも世界一だ。


 たとえ女子供であっても、年寄り、病人、要人であっても、一切の容赦をしたことがない。

 天下無敵のわがまま親父だ。


「あなたー、ご飯の用意ができましたよー」


「はーい、真由美さん。いま行くねぇん」


 母さんの呼びかけに甘えた声で応えている。

 よいしょと立ち上がる間際に、耳元でささやかれた。


「解っているな、母さんの料理を台無しにはするなよ。したら、ただじゃ済まないぞ」


「「ヒイッ!」」


 以前同じような状況で、親父殿にかかっていった時、料理をこぼしてしまったんだ。

 それに怒り狂った親父殿に、マジで死ぬ程ボコられた。

 見ていた結衣でさえ、3日3晩うなされたくらいだよ。


 封印したい経験だ。


「ではー、オイラが帰ってきた事を祝してカンパーイ!」


「カンパイ……チッ」


 俺と結衣は血管を浮き立たせての夕食だ。

 かたや夫婦はキャッキャ、キャッキャと楽しんでいる。


「はい、あなた。アーン」


「おいちぃーーー、真由美さんの手料理は世界一だーーー!」


「もう、あなたったら~」


「もう、真由美さんったら~チュッ!」


 聞いていられない時間が続き、母さんが洗い物をしに行く事で、ようやく平穏な時をむかえた。


 もう料理はないと、動きかけたんだけど、不意に親父殿が話し出した。


「で、秀太。お前どうした? やけに動きがいいじゃないか」


 一旦矛をおさめ、いかに俺たちが苦労をしたかを教える事にした。


「はん、誰かさんのせいで借金を返すため、ダンジョンで稼いでいるからね。1000万稼ぐなら、C級ぐらいでないと追いつかないんだよ」


「はっはー、泣き虫秀太がC級だと。もう少し真実味のある嘘をつけ」


 いちいち腹立つ親父殿だぜ。

 腕力じゃあ敵わないけど、あの準・賢者の石を見せれば驚くはず。


「ふふふふ、これを見てもそう言えるかな? 500万円はする代物だぞ!」


 仰々しく勿体つけ、テーブルの上に取り出した。

 琥珀のようなキラメキに、結衣と2人で心を奪われている。


「秀太、こ、これをどこで?」


 よしよし、親父殿を圧倒できたぜ。


「だから言っただろ、C級どころかもうすぐBだ。借金なくなるんだから、俺に感謝してくれよな」


 しげしげと眺め戸惑う親父殿。

 初めてマウントを取れて嬉しいぜ。


 その親父殿はまだ放心状態、あごに指をあて考えている。

 そして俺の顔を穴が開くほど見つめてきた。


「秀太、お前がこれ程とは恐れいったよ。ほれ、これを受けとれ」


 投げて寄越してきたのは、ガッチリとした黒いバッグだった。


 何かといぶかしがっていると、確かめろとうながしてきた。


「なんだよ、偉そうに」


 ───────────────────

『宵の明星』


 9000㎥の亜空間収納が可能なマジックバッグ。

 収容時は時間経過停止。

 取得アイテムの自動回収機能つき。

 ───────────────────


「な、なんだコレ、こんな凄いの見たことないぜ!」


 しかも銘があるアイテムだ。そんじょそこらの物じゃない。

 うち震える俺をみた親父殿は、満足して鼻唄まじりだ。


「それは俺様の会心作だ。大事に使えよ」


「く、くれるのか?」


小童こわっぱが成長したんだ、祝ってやるのが筋だろが!」


 一言余計だろ。

 そう内心悪態をつくが、それすら飲み込んでしまう逸品だ。


「お兄ちゃんだけズルーい。私にも何か頂戴よ」


「結衣は今度な」


「えーーーーーっ」


「あらあら~、私がいない所で楽しそうね」


「真由美さーん、待ってたよぅん。さっ、早く座って~ん」


 こうなると、子供が入る隙がない。

 それに母さんが嬉しそうなのが、俺ら2人も見ていて嬉しい。

 親父殿がいない間ニコニコしていたけど、何処となく寂しそうだったからな。


 結衣と見合せ、リビングを離れる。

 今日のところは2人っきりを楽しんでもらいたい。


「んん、お兄ちゃん、今日だけだよね?」


「当たり前だろ。あの親父殿には働いてもらうぜ。きっちりと1000万円返してもらうさ」


 その計画も結衣はバッチリ立ててある。

 逃げないよう、母さんという人質をフルに活用し24時間働いてもらうよ。


 明日から本当に楽しみだ。


 ──────────────────

 番場 秀太

 レベル:34

 HP :575/575

 МP :1055/1055

 スキル:バン・マンVer4


 〈攻撃威力:3140〉


 筋 力:50

 耐 久:120

 敏 捷:150(+50)

 魔 力:220


 装 備 早撃ちのガンベルト

     保安官バッジ

     幸運の指輪

     深淵のゴーグル

 ステータスポイント残り:40


 所持金 5,500円

 借 金 3,920,000円(▲2,600,000円)

 ───────────────────


宵の明星も装備品ですが、表記はいたしません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る