第1章「好き」への一歩 4
「明日」は簡単にやって来てしまった。
英文学の講義を受けながら、そわそわする気持ちは止まらなくて、一分も経たないうちに腕時計に目をやってしまう。まだ三時を過ぎたころ。あと二時間もすれば、予想している類の話が彼からもたらされる。
でも、いくら考えても理由は分からない。大学が別だとは言え、忙しくて会っていないなんてこともなかったし、最後に会った時――そう言えば、まだ先週のことだった――にも、いつもと何も変わらない態度で、変わらない愛情を注いでくれた。
それがまるで夢から醒めてしまったかのように、突然ぽっかりと穴が開いたように――消えてしまった。宙を優雅に舞っていたシャボン玉がパンとはじけてしまったように。跡形もなく消え去った。
メモを取っていた手から力がなくなって、ノートに這うミミズを残したインクが消えていく。一層のこと、あの時電話でいいから話してくれればよかったのに。蛇に締めあげられ、喰われる時をただひたすら待つだけだなんて耐え難い。息をしているのかも分からない。こんな気持ちになるくらいなら、早くその言葉を告げて、審判を下してほしい。切り裂くその言葉を言って、早くこの儚い夢の息を止めて。一思いに殺してほしかった。
腕時計に目をやる。まだ二分しか経っていない。溜息が漏れ出た。
「どうしたって言うのよ。溜息ばっかり洩らして」
講義が終わった途端、隣に座っていた由香が言った。
「たしかに退屈な授業だったけど、そんな態度ばっかり取ってると――」
「そうじゃないの、由香」
「へえ、それじゃ何だって言うの?」
講義室を後にして階段を下りながら、彼女は片方の眉を少し上げた。由香には日本人離れしたこんな妙技がある。
「仁章のこと」
「あー、彼氏か」
彼女は興味の欠片もない口調で言った。実際のところ、その通りなのかもしれない。同じサークル仲間の安西が恋バナにノリノリで話すのに対し、彼女はその様子を一歩引いたところから眺めて笑っているタイプだった。
ようやく授業が終わった今は四時五分過ぎたところ。バスを使えば、最寄り駅に十分で着く。そこから待ち合わせ場所までは、電車の気まぐれに間に合えば十分の余裕がある。
「そんなわけで、今日私サークル休むからよろしく」
「はいっ、はい。いい? 良い人にはキス、クソ野郎には拳の一つでも見舞いなさい」
彼女はそう言うと、ウィンクを残してクラブ棟へ通じる坂を上り始めた。
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