第1章「好き」への一歩 1

 大学に入学してから早二週間。我がサークル『古代・中世欧州研究会』では、新入生歓迎会と称した飲み会が開かれていた。一年生の出番である自己紹介は先輩の余興を見た後すぐだった。

「それじゃ、新入生諸君は、一人ずつ自分の名前、学部学科、年齢、情熱を語ってくださーい」

 まずは奥のテーブルから、と先輩はマイクに見立てた拳で言った。

指されたテーブルに座っていた俺は、隣で学生が立つのを見守った。

芳沢よしざわあきら。工学部都市計画・建築学科、十九です。古代よりは中世派です。ゴシック建築について語らい合える相手募集してます」

 すっと腰を下ろす芳沢。同じ学部学科生ということは、入学式典の時に顔を合わせているはず。だけれど、彼と遇った覚えは全くなかった。

「はい、芳沢くん、よろしくねー! つづいて次の人」

 周囲を見回して自分の番だと察する。立ち上がり、メンバーの面々を見ると、少しだけ緊張して力んでしまえた。

にしき良也よしや、十八歳です。学部は工学部、学科は都市計画・建築学科で、古代ヨーロッパの建築が特に好きです。あとはゴシックくらいかな。ロココとかアールヌーヴォーはあまり興味ないけど。とにかく、よろしくです」

 着席して一息つく間もなく、隣から声が上がった。

「錦、お前同じ学科だったのか。なんだよ言ってくれればよかったのに」

「俺もさっきの自己紹介を聞いて知ったんだよ」

 芳沢はニタっと笑った。

「ああそれじゃ、これから学科内でもサークルでもよろしくな」

「こちらこそ、芳沢」

 シャンパンに見立てたジンジャーエールでグラスをカチリと鳴ら

す。

「はい、じゃあ次のテーブル」

 先輩が次の人に自己紹介の番をまわす。隣で芳沢が小突いた。

「先週出た課題、どうだ?」

「二世帯住宅の新たな考えか? 今日のミーティングで『もっと斬新的なアイディアを出せ』って言われたよ」

「やっぱかあ」

 彼は深く溜息を洩らすと、悩まし気に頭をかいた。

「俺は『もっと動けるような発想をしろ』って。動ける発想って何だよ」

「もっとフレキシブルな考えでいいってことじゃないか?」

「そうかな?」

 うーんと首をもたげる芳沢の反対側では、未だに自己紹介が続いている。

再び意識をそちらに向けると、ちょうど次の順番になった人が立ったところだった。ハーフアップにまとめた髪に、サンゴ色のワンピースを着た綺麗な女性。

 可愛いな。なんて思いながら、ジンジャーエールを口に含んだ。

橋本はしもと咲奈さなです。国際学部英文学科一年です。どうぞよろしくお願いします」

 一つ礼をして、年齢と情熱メッセージを伝え忘れていたことに少し慌てる彼女。

 橋本咲奈。何度も頭の中で反響する。小学校の頃、転校したあの子。そうだ、彼女なのか。保健委員で、いつも優しく笑いかけてくれたあの――。

「――錦、錦ったら」

「ふぇ?」

 芳沢が不思議そうな顔でこちらを見つめる。

「なんだ? 一目惚れか?」

「いやべつにそんなんじゃ」

 まだ何かと言ってくる芳沢を脇に、彼女の方へ視線を走らせる。もう既に席に着いて、隣に座る女子と挨拶を交わしていた。

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