第1章「好き」への一歩 1
大学に入学してから早二週間。我がサークル『古代・中世欧州研究会』では、新入生歓迎会と称した飲み会が開かれていた。一年生の出番である自己紹介は先輩の余興を見た後すぐだった。
「それじゃ、新入生諸君は、一人ずつ自分の名前、学部学科、年齢、情熱を語ってくださーい」
まずは奥のテーブルから、と先輩はマイクに見立てた拳で言った。
指されたテーブルに座っていた俺は、隣で学生が立つのを見守った。
「
すっと腰を下ろす芳沢。同じ学部学科生ということは、入学式典の時に顔を合わせているはず。だけれど、彼と遇った覚えは全くなかった。
「はい、芳沢くん、よろしくねー! つづいて次の人」
周囲を見回して自分の番だと察する。立ち上がり、メンバーの面々を見ると、少しだけ緊張して力んでしまえた。
「
着席して一息つく間もなく、隣から声が上がった。
「錦、お前同じ学科だったのか。なんだよ言ってくれればよかったのに」
「俺もさっきの自己紹介を聞いて知ったんだよ」
芳沢はニタっと笑った。
「ああそれじゃ、これから学科内でもサークルでもよろしくな」
「こちらこそ、芳沢」
シャンパンに見立てたジンジャーエールでグラスをカチリと鳴ら
す。
「はい、じゃあ次のテーブル」
先輩が次の人に自己紹介の番をまわす。隣で芳沢が小突いた。
「先週出た課題、どうだ?」
「二世帯住宅の新たな考えか? 今日のミーティングで『もっと斬新的なアイディアを出せ』って言われたよ」
「やっぱかあ」
彼は深く溜息を洩らすと、悩まし気に頭をかいた。
「俺は『もっと動けるような発想をしろ』って。動ける発想って何だよ」
「もっとフレキシブルな考えでいいってことじゃないか?」
「そうかな?」
うーんと首をもたげる芳沢の反対側では、未だに自己紹介が続いている。
再び意識をそちらに向けると、ちょうど次の順番になった人が立ったところだった。ハーフアップにまとめた髪に、サンゴ色のワンピースを着た綺麗な女性。
可愛いな。なんて思いながら、ジンジャーエールを口に含んだ。
「
一つ礼をして、年齢と情熱メッセージを伝え忘れていたことに少し慌てる彼女。
橋本咲奈。何度も頭の中で反響する。小学校の頃、転校したあの子。そうだ、彼女なのか。保健委員で、いつも優しく笑いかけてくれたあの――。
「――錦、錦ったら」
「ふぇ?」
芳沢が不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「なんだ? 一目惚れか?」
「いやべつにそんなんじゃ」
まだ何かと言ってくる芳沢を脇に、彼女の方へ視線を走らせる。もう既に席に着いて、隣に座る女子と挨拶を交わしていた。
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