プロローグ
驚きのあまり、手にした郵便物が全て手から落ちた。
「
電話相手の旧友は、少し困ったような声色で応える。
「悪いけど、
「仕事って……式は半年後だぞ? それにお前、マネージャー辞めるんじゃなかったのか? 担当してるモデルがもう辞めるからって」
「ああ、それはそうだけど」
口ごもる薫。なかなか賢く口の堅い彼は、何か都合の悪い事情があると、こちらからいくら問いただそうとしても、答えてはくれない。
「分かった」
溜息交じりに言うと、電話越しに笑ってみせる。
「まあ、今のところその予定ってことだよね? 半年ゆっくり考えてから来てくれ。親友の挙式に来るか来ないか」
深い溜息が聞こえた。彼が電話の向こうでやれやれと首を振っているのが目に見える。
「錦。あんまり期待してくれるなよ」
「ああ、分かってるって。それじゃ」
スマートフォンがホーム画面に戻る。そのまま液晶を暗転させると、ベッドに放った。落とした郵便物を拾い上げて、一旦机に置く。つい一週間前までパソコンやら本やら置かれていたその机上にあるのは、ペン立てのみ。その他の場所も――元々そこまで散らかっていなかったが――綺麗に整えられている。もう読まない建築雑誌は明日捨てるし、整理していて不要を感じたものは段ボールにまとめたから、今度ネクストハンド店に持っていく。
片付ける場所は、あとクローゼットの中だけだ。
プロポーズから一ヶ月明けて、新年を迎えた初月末。年末年始のごたごたの中でも、どうにか
「まあ、とりあえず片付けを終わらせるか」
クローゼットの扉を開けて、一番上の引き出しを引っ張る。中にある服を着ているのともう着ないものと分けていき、一番下の引き出しまで仕分けをし終えた。
「五着か。意外とあったな」
段ボールに入れる前にポケットの中を確認する。ズボンからは小銭とレシートが出てきて、デニムからは仕事で使ったメモが出てきた。
姉ちゃんからポケットに入れて忘れすぎだと言われたことはあったけど、我ながらここまでひどいとは。
四着を段ボールに入れて、最後の一着に手を延ばす。その胸ポケットからは青地に刺繍の入ったハンカチが出てきた。
甘く苦く切ない大切な思い出。
幸せと悲しみの入り混じった大切な記憶。
頭のどこかにツンと針で刺されたような痛みが走ると、そのまま頭上で水風船が弾けたようなひんやりとしたものを感じた。そんな頭に対して、胸は鈍い痛みと共に温かな気持ちになって、感情が追いつかなくなった瞳が微かに揺らいだ。
立っていることもままならなくて、シャツを段ボールに投げると、ハンカチを手に座り込んだ。
「こんなところにあったなんて。随分探したんだよ」
大事なものを洗濯機に入れるのすら忘れるだなんて、なんて最低な奴なんだ、俺は。
まだ大学に入ったばかりの青二才の話。
それでも必死で。どうやってでも守ってやりたかったから。
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