第2話 父のような男

そこには自分と生き写しの男が座っており、まるで映像では過去の自分を見ているかのようだった。明らかに動揺する自分を制するかのように男は声を上げた。


「まて、動くな!話を聞け!横断歩道の上にいると天井が落ちてくるんだ!」


思わず足元を見て、横断歩道を踏みそうになった足を、コンクリートの歩道に戻した。


「どうしてそんな事を知っている?あんたは誰だ!」


その男は当たり前かのようにおかしな事を言い始めた。


「俺はカイト、お前と同じ名前だ。大学生の20歳、バイト帰りに気が付いたらここにいた。お前もそうだろ?」


見た目どころか声や仕草までも同じだ。


「訳が判らない…お前と俺は同じなのか?」


男は笑いながら答えた。


「ふふ、同じと言えば同じだ。しかし違うと言えば違う」


男はペンで引っ掻いたような腕の傷を見せた。


「お前にはこの傷は無いだろう?どうやらこの世界に来た時の記憶は同じで、来た時間や来てからの記憶が違うようなんだ」

「来た時間?感覚だと一時間はここにいる気がするが…」

「俺はここで1000部屋目だ。もう何日もいる。そしてお前みたいなやつも何人も見た」

「せ、1000だって!それなら10部屋程度しか通ってない俺は、当分終わらないのか…」


この男は自分よりもずっと長い間、この世界にいるようだ。尊敬を込めて男に聞いた。


「なあ、あんたの事を何て呼べば良い?」

「カイト、と言いたい所だがお前も同じだよな。俺は丁度この部屋で1000部屋目だからセンと呼んでくれ」

「センか、よろしく頼む。俺はまだ10部屋だから10(テン)で頼む。しかしそれほど移動しても、この世界から出れないのか…」


センはまだ諦めていない顔をして言った。


「少しは期待しているんだぜ、次が1001と続くのか、もしかしたらゴールなのか」

「もし次の部屋があったら、10000部屋あってもおかしくないって事か」

「笑えないがそうだ。だが自分より進んでいるやつはいなかったから、もしかしたらな」

「自分と同じ奴か、ところで他の奴はどうしたんだ」


センは下を向いて答えた。

「消えたよ…」

「消えたって!死んだのか!?」

「まあ見てろって」

「おい、横断歩道は危ないんじゃ!」


センが横断歩道の向こう側に走り出すと、天井がにわかに動き出した。


「おっと危ない」


彼はきびすを返すと、再びコンクリートの床に立った。すると天井は元に戻り始めた。


「俺の経験から、こういった部屋はクリアする為の条件がある。そして何人いようとも一人しか出ることが出来ない」

「つまり殺し合うのか?」

「だったら最初にお前を見殺しにしているさ」

「たしかに」

「大事なのは記憶にある条件を再現する事だ。今まで通った部屋もどこか覚えがあるものが置かれていたはずだ」


部屋に対する違和感は自分も感じていた。


「こんな暗い横断歩道の記憶って言われてもなんの事だか…」

「なあテン。今俺たちは二人いる。二人の時に横断歩道で事故にあった、もしくは事故にあいそうになった記憶は無いか?」


すぐに思い当たる事は無い。大学の記憶、高校の記憶、もっと前の記憶…


「あっ!小さい頃、車が行き交う道路に走り出した事があった」

「テン、その通りだ。その時は父が声を上げながら後ろを追いかけて来た。そして…」

「事故にあった…」


後悔してもしきれない。思い出したくもない記憶だった。


「テン…。もしこの部屋があの時の後悔で出来ているのなら、今度は二人でゆっくり歩けば渡れるんじゃ無いかと思った」

「そうか!それが本当なら二人で渡れるのかもしれないんだな!」

「そうだ。まずは試してみよう」


二人は横に並び、意を決して横断歩道に一歩を踏み出した。


「テン!大丈夫だ!天井は動いていない!」

「やった!センの言う通りだ!きっとこの部屋は二人でクリア可能なんだ!」


すると突然『ブーン』という機械音が聞こえた。後ろを振り向くと、鋭いノコギリが壁一面に姿を表し、金属音を鳴らしながらこちらに近付いて来ていた。


「うわああー!」

「テン!だめだ!待て!」


思わず走り出した自分の後ろをセンが追う形となった。


「テン!この形はだめだ!やはり一人しか生き残れない!部屋が許すハズがない!!う、天井が落ちっ」


『ドーーーーン!!』


横断歩道を渡りきったテンが振り向くと、そこには落ちた天井が壁と化していた。


「セ、センー!」


壁を必死に叩きながら思い出していた。犬に吠えられた自分が走り出すシーンを。そして追いかける父親が車に跳ねられる姿を…


「う、うう…俺は何て事を…走ってしまったばかりに!ちくしょう!どうあっても記憶の通りにしようと言うのか!」


今思えばセンは父親のように頼りになった男であった。

彼の「1001部屋目を見てみたい」という言葉が、テンの心に重い影を残した。

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