群衆の異端児

淳平

@

雪が降っている。静かに何の音も立てることなく、ただ静かに世界を真っ白に染めている。


その白の世界に黒い点が一つ。

真っ黒なニット帽を被った僕は、冷たさを恐れることなく、灰色の空を見上げた。

冷たい空気が僕の肺の奥まで忍び寄り、普段は見えない息が真っ白な姿をあらわしている。僕はその息を掴めるような気がして、空にそっと手を伸ばした。でもそれは当たり前のように寂しく指の間をすり抜けて、空にあがりながら静かに消えていった。


音のないため息を一つついて、広いとはいえない田舎の駅のホームの壁に掛けられた柱時計を見つめた。長針と短針が午後3時を指している。日はまだ高いのだろうが、灰色の雲が邪魔して辺りは薄暗い。


小さな歩幅を精一杯広げて、雪の上を歩く。何とも言えない心地よい音を立てて雪は潰れて、足跡がくっきりと残っていく。

汚れなき雪の上には僕の足跡のみが残っていく。


そして到着した古びた待合室の中を、僕は少しの期待と共にそっと覗いた。しかし、僕の期待はいとも簡単に裏切られた。中には2、3人人がいたが、僕が探している人はいなかったのだ。壁の21xx年仕様のカレンダーが目に入る。もうすぐ3月も終わりだというのに、それは2月のページのままだった。


淡い期待がパンッという破裂音と共に消え去ったと同時に、僕はまたため息をついて、重い足取りで暖かい電車の中に戻った。


―ドアが閉まります、ご注意ください。次は、K駅です。


自動アナウンスがそう告げると同時に、ドアは静かに閉まった。運転手のいない全自動電車は、線路を踏む音と同時に次の駅に向かって加速し始める。


あの駅にもいなかった。


僕の頭には、その何回と繰り返したかわからない言葉がコダマした。リュックに閉まっていた地図を広げ、先ほどの駅にバッテンを描く。地図に描かれたバッテンの数が、僕が訪れた駅の数と共に、僕の淡い期待が壊れた回数を示していた。


僕は人を探している。僕と同じ種類の人間だ。だがいくら探しても、僕と同じ人間はどこにもいなかった。もう一カ月近くこの捜索を続けているが、他種の群衆の中から僕と同種の人間を見つけ出すことができないでいた。


僕は異端児なのだ。この世界では貴重な異端児。異端児だから、群衆はコミュニケーションどころか、僕を識別さえしてくれない。まるでここにいないかのように、群衆は冷酷に僕という存在を無視するのだ。


だけど僕と同じ人間を見つけることさえできれば、僕の孤独は終わる。僕の不安や悩み、今僕が抱えている全てが解消される気がする。いや、必ず解消される。


リュックから取り出した水を飲みながら自分にそう言い聞かす。それと同時に線路の行く先を見つめてこうも言い聞かせる。


次の駅には必ず僕と同じ人間がいる。

さっきと同じような淡い期待を作りながら。


―次は、K駅です。右のドアが開きます。ご注意ください。


アナウンスがそういうと、僕はすぐに右側の窓から外を、ホームを凝視した。だが、先ほどよりもずっと早く、僕の期待は壊れた。それは火を見るよりも明らかで、つまらないものだった。


ここにも僕と同じ人間はいないじゃないか。


またその言葉が頭に響く。僕の期待が崩れる。重い頭をがくりと下げ、緑色の席に視線を落とした。


この旅はどこまで続くのか。もうやめていいのではないか。僕は異端児。そのままで生きていけばいいのではないか。孤独だろうが、無視されようがいいではないか。


いや、そんな単純な話ではないのだ。これは僕だけの問題ではないのだから。


僕は諦めない。諦めてはいけない。僕は見つけなければならないのだ。絶対に。

強い意志が宿った目をホームに向ける。群衆が視界を埋め尽くす。その光景は、まるでお前は異端児だと僕に言い聞かせるように、目の前に大きく立ちはだかる。だが僕の決意は揺るがない。


―ドアが閉まります、ご注意ください。次は、H駅です。


いつの間にか雪は止み、灰色の雲の隙間から太陽が姿を現した。陽の光が線路の行先を眩しく照らす。


必ず見つけてみせる。

僕はその決意を胸に、ホームの群衆から目を背けた。

真っ白な雪に覆われた、誰一人として、心臓を動かしていない群衆から。

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群衆の異端児 淳平 @LPSJ1230

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