7. 石を選ぶ

 気を取り直して、宝石屋のカウンター席に座る。


「カヤ、今度は邪魔するなよ」


 宝石屋の店主はカヤにきつく注意した。

 カヤは口を尖らせてカウンターの隅で頬杖を付いている。リディアはその向かい側で、カヤの相手をしつつ、佑を見守っていた。


「石には属性というのがあって、例えば赤い石は火、青い石は水……というふうに、色によって五つの魔法属性に振り分けられるんだ」


 かの地からやってきた佑のために、店主は丁寧に、基礎から教えてくれた。

 ガラスで蓋された商品見本の木製ケース。二センチ角のマス目に区切られたケースの中には、綿が敷き詰められ、その上に一つずつ直径一センチ程度の石のサンプルが入っていた。綺麗に色毎に並べられている。

 店主は緑色の石の一つを指さし、話を続けた。


「君にかけられている加護魔法は大地属性、翠玉エメラルドの精霊によって齎される魔法。同じ翠玉を持っていたとしても、持ち主の強さや精霊との信頼度によって、使える魔法が違ってくる。石の精霊は、持ち主を良く見ているんだ。怠惰な人間や嘘つきな人間には、精霊は力を貸さない。より誠実で、確固たる意志を持つ者に、精霊は好んで力を貸す。だから宝石屋も、最初からそういうやつは店に入れない。魔女にお願いして、そういうやつは玄関前で弾いてるんだ。タスクはその点、リディア同伴だし、安心だね」


 ニコッと営業スマイルを見せる店主に、佑はつられて笑顔で返す。


「次に属性の話。個々人毎に、相性の良い属性、悪い属性が存在するのは何となく分かるかな? 性格にもよるだろうし、生まれにもよるだろう。例えば水属性の家系であれば、水属性の石と相性が良くなる。ちなみに、アラガルド王家は代々光属性だったはず。……だよな、リディア」

「あぁ、そうだ。王女も、金剛石ダイアモンドの精霊とは特に相性が良いと言っていた。もっとも、王家ともなれば全ての属性の精霊を操れる。精霊は人柄を見る。精霊によって尊敬に値すると判断されれば、平民でも複数の属性を操ることは可能だ」


 カウンターの隅から、リディアが補足した。

 色の違う五つの石、五つの属性。

 妻の形見のブレスレットを思い出し、佑はなるほどと頷いた。


「水晶を通して見ると、大抵は相性の良い属性や、身に付けている石の属性が見えたりするもんだけど、タスクの場合はそうじゃなかった。石を一つも持っていないのに、全ての属性の色が見えた。その中でも一際強く見えたのが、大地属性。君を守るために、強い加護の魔法がかけられていた。大地属性の石なら、君にも直ぐに馴染むのじゃないかと思う。例えばこの辺り……」


 店主はサンプルの中から、深緑色の透き通った石を指差した。


橄欖石ペリドット。この石は若干色が濃いけど、黄緑色のものから、褐色がかったものまで色の幅がある。黄色が混じると、光属性の精霊と親和性が出てくる。褐色が強くなると、火属性や闇属性との親和性が強くなる。もし、二つ目の石として橄欖石を身につけるなら、自分がどの属性の石を最初に持っているかで、若干選ぶ色が変わってくる」

「二つ目の石?」


「王女の持っていたブレスレットは五連の石が並んでいたんだよね。精霊からの信頼度が増すと、二つ、三つと、持てる石の数が増えていくんだ。精霊は嫉妬深いから、複数の石を持っても大丈夫なくらい持ち主がしっかりしないと、精霊が怒ってしまう。持ち主として相応しくないと判断されれば、魔法は使って貰えない。石の精霊は繊細なんだよ。複数の石を所持する場合は、特に色味に気を付けないと、精霊のご機嫌を損ねるから、注意が必要だってことさ」


 なるほどと、佑は何度も頷いて、頭の中で情報を咀嚼していく。


「同じ石でも、色味が違うと効果が違うとか、ありますか?」

「良い質問だね。さっきも言った通り、他の石との相性の問題はある。あと、総じて言えるのは、透明度の高い石に宿る精霊は明るく元気で、逆に透明度が低い石に宿る精霊は思慮深い。石の見た目によって、精霊の性格に若干の差が出る。だから、初心者には性格の分かりやすい透明度の高い石をおすすめしてる。……ここまで大丈夫かな?」

「大丈夫です」


 それじゃあと、店主は一旦店の奥へ行き、倉庫から別の木製ケースを、持ってきた。中には、色とりどりの橄欖石が並んでいる。一センチ大の石が、薄い色から順に並べられ、見事なグラデーションを描いていた。


「うちの在庫の橄欖石。黄色の強いものから順に並んでる。反対側は褐色系。初心者におすすめするのは、こっち側半分。褐色側のは上級者や二個目以降の石を選ぶ時におすすめしてる。……好きなの、あるかな」

「薄い色も綺麗だけど……、ある程度色が入ってる方が好きかな……」


 佑が指さしたのは、色の薄い方から数えて三列目、真ん中付近にある石。


「これで良いですか」

「お願いします」

「なかなか良い石だと思いますよ」


 黄緑よりは少しだけ緑色の強い石。

 見た瞬間それを選ぶと仕組まれていたかのように、指がそこで止まったのだ。


「リディア。加工はどうする? 指輪?」

「いや。手袋を始終はめている季節に指輪という訳にはいかんだろう。ネックレスにしたらどうだ」

「――ブレスレットに、出来ますか」


 佑が思い切って声を上げると、リディアは少し驚いた顔をした。


「紗良が……、妻がブレスレットを付けていたので。デザインはともかく、俺も、ブレスレットで」

「分かった。タスクがそうしたいなら、そうしよう。ブレスレットもいくつか選べるから、ここから選んで。……よいしょっと」


 店主はカウンター下から、石のないブレスレットが入った箱を取り出した。

 チェーン、バングル、蝶番の付いたもの……。アクセサリーは女性向けのものという認識がある佑にとって、殆ど馴染みのないものばかりだったが、それでも自分が今後身につけるものだと、真剣に品定めする。

 色、太さ、材質。どこに石が付けられるのかなど、様々検討した結果、妻の形見と同じ、太めのバングルを選んだ。色は銀。装飾も、妻のそれよりずっとシンプルなものだったが、華美すぎるものは自分には似合わないと思ったのだ。


「これにします」

「分かった。このタイプだと、最大三つまで石を付けられる。平民が身につけるのを許された上限個数と同じ。あとは、さっきも話したとおり、王族や貴族。精霊に認められ、英雄や勇者と呼ばれる存在になれば、五つまでは付けられるけど、そこまで凄い人物は見たことがない。加工に時間がかかるから、夕方また取りに来て」

「すまんな、頼む」


 リディアはホッとしたような顔をして、店主にお代を支払っていた。

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