第2話

 貴弘はやっとのことで半原温泉にやってきた。

 中津川の河原沿いにある『池田屋』に宿泊した。鮎料理と猪料理が美味かった。特に鮎料理に力を入れている。

 泉温は低いため、温泉を加温している。

 貴弘は直子のフェラチオを思い出した。彼女は公園だろうが、公衆電話だろうがどこでもしゃぶってきた。彼女のお陰で貴弘は若さを取り戻し、今年の12月で72才になるのだが、白髪頭は染めたわけじゃないのに黒くなった。

 10月も半ばになる。今年は上島竜兵、古谷一行、アントニオ猪木などいろんな人が亡くなった。

 

 横浜ではコロナに似た、キルウィルスが流行していた。罹患したら殺意を抱くようになる。

 貴弘はコロナが65歳以上の人間が罹患しやすいことを知っていた。キルウィルスも同じかも知れないと、山手にある『パイロンクリニック』を受診することにした。

 中国の四川省出身の白龍ぱいろん博士は、貴弘に免疫があるかどうかをテストするため、血清を注入した。彼は病室にいた老婆たちにも同様のテストをしたが、全員感染しており廃棄せざるを得なかったと釈明した。


 貴弘は密かにスマートフォンで病院に駆けつけた池田恭平いけだきょうへいに自分の居場所を知らせた。池田は池田屋のオーナーで、元刑事。貴弘の元相棒だ。免疫があることが判明した貴弘をワクチンの生成に利用するため、軍に救助を要請した白龍博士は、自分が同行しないと射殺されるだろうと彼に警告した。救援のヘリコプターに乗せようと武装して病室を出た白龍博士だったが、外にいた感染者の凶暴性には敵わず襲われ、相手を射殺したものの感染は免れなかった。その隙に逃げ出した貴弘を追っていた池田はすでに凶暴化し、途中で遭遇した白龍博士を殺す。白龍博士は今際の際、老婆を殺すのは気分が良かったと言い残した。


 池田が感染していることに気づいた貴弘は、ヘリポートへ向かう階段に設置された鉄格子の扉を閉鎖する。池田は、鉄格子を隔てて感染の素晴らしさを告げ、10歳になる孫娘の史帆しほを愛するがゆえになぶり殺したいと伝える。貴弘は階段を上りヘリコプターの待つ屋上へ向かうが、白龍博士を連れていない彼の運命は絶望的だった。屋上から鳴り響く銃声を聞いた池田は、邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 史帆は実の祖父に射殺され、頭から血を流して死んでしまった。愛する息子を和美に殺された過去を持つ貴弘は池田に憎悪の念を抱いた。

 ヘリは遥か彼方へ消え去ってしまった。

「いつか、必ず倒す」


 貴弘は白龍から様々なことを教えてもらった。ツタンカーメン王はワインに混入された毒薬で殺されたらしい。

 その白龍は既にこの世にはいない。

 貴弘は自分が10歳だった1960年を思い出していた。

 1月7日

 千葉真一がテレビドラマ『新七色仮面』で主演デビューを果たす。

 2月1日 - 興和が胃腸薬「キャベジンコーワ」を発売。

 4月 - タカラが「ダッコちゃん」発売(180円)。大ヒットする。

 5月16日 - 雅樹ちゃん誘拐事件発生(5月19日に人質が殺害)。

 6月15日

 改定安保条約批准阻止の全学連7000人が国会に突入。樺美智子死亡。

 7月14日 - 岸信介首相が池田新自民党総裁就任祝賀会からの帰路、暴漢の襲撃を受け重傷を負う。

 7月15日

 岸内閣総辞職。

 貴弘は快傑ハリマオ(日本テレビ)、少年探偵団(フジテレビ)、白馬童子(NETテレビ)などを見て育った。

 

 貴弘は湘南で生まれ育った。

 鎌倉の市街地や内陸部には鎌倉時代に起源を持つこうした古刹が残るが、現在において湘南という呼称が喚起するのは、太陽が降り注ぐ相模湾沿岸の浜辺や、そこで盛んなサーフィンの聖地というイメージである。それらが形成されたのは太平洋戦争後の1961年(昭和36年)7月、鵠沼海岸でサーフィンを楽しんでいた厚木基地所属の在日米軍パイロットが地元の青年らに教えたことで全国的な普及のきっかけとなり、「日本のサーフィン発祥の地」と呼ばれるようになったことが大きい。1978年にはサザンオールスターズが、江の島や茅ヶ崎といった湘南の地名を謳い込んだ『勝手にシンドバッド』でデビューし、現在に続く湘南のイメージを広げた。

 貴弘が幼い頃、近所に黒い頭巾の男が棲み着いた。通りかかった旅人を身ぐるみ剥がし、連れの女は気に入れば自分の女房にしていた。黒頭巾は湘南すべては自分の物と思っていたが、満月だけは恐ろしいと思っていた。満月のときに光を浴びれば気が狂ってしまうのだと信じていた。


 1960年の春の日、黒頭巾は七里ケ浜で旅人を襲って殺し、連れの美女、千夏ちなつを女房にした。亭主を殺された女は、黒頭巾を怖れもせずにあれこれ指図をする。千夏は黒頭巾に、家に住まわせていた七人の女房を次々に殺させた。ただ顔に痣が残る不気味な女房、虹子にじこだけは女中代わりとして残した、千夏はやがて横須賀を恋しがり、黒頭巾は千夏とともに山を出て都に移った。


 横須賀で千夏がしたことは、黒頭巾が狩ってくる生首をならべて遊ぶ「首遊び」であった。その目をえぐったりする残酷な千夏は次々と新しい首を持ってくるように命じるが、さすがの黒頭巾もキリがない行為に嫌気がさした。黒頭巾は横須賀の暮らしにも馴染めず、湘南に帰ると決めた。千夏も執着していた首をあきらめ、黒頭巾と一緒に戻ることにした。出発のとき、千夏は虹子に向って、じき帰ってくるから待っておいで、とひそかに言い残した。


 黒頭巾は千夏を背負って湘南に戻ると、月の光が煌々と注いでいた。黒頭巾は湘南に戻ったことがうれしく、忌避していた満月を眺めることを躊躇しなかった。風の吹く中、黒頭巾が振り返ると、千夏は醜い鬼に変化していた。全身が紫色の顔の大きな老婆の鬼は黒頭巾の首を絞めてきた。黒頭巾は必死で鬼を振り払い、鬼の首を締め上げた。


 我にかえると、元に戻った千夏が血塗れになって死んでいた。黒頭巾は月の光が降り注ぐ中、声を上げて泣いた。

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