第5話
「まず、俺が夫人の心を盗んだ……と夫人は主張しているがその事実はないものとする。というか無い」
あんまりだわ、という涙声が聞こえたが、相手にしていては話が進まない。示し合わせたわけでもないが、目と目の会話で全力で無視をすることに意見が一致。
「もう一件、君が俺の心を盗んだという件だがこれに関してはあながち間違いではない」
「なにひとのことを泥棒呼ばわりしてんですか。中将、ちょっと顔を貸してください」
いきり立ったままの勢いで思わず言い返し、オーレリアは下士官に対して「決闘場の準備は出来ているんですよね」と確認してしまった。「バッチリです!」と最高の笑顔で答えられる。
悪かった悪かった、と中将が平謝りをした。
「いまのは俺の言い方が悪かった。すまない」
「謝ってくれるなら良いですけど。それで?」
話が通じない相手と話した後だと、会話が成立するだけで好感度が上がってしまうのか、オーレリアは態度を軟化させた。
中将はほっとしたように息を吐きだして、苦み走った笑みを浮かべた。
「
「『おもしれー女』ですか? 私そういうこと言い出す男はちょっと……」
どうなんですかね、とそっぽを向いたそのとき、中将がごく低い声で「君はこの事態に収拾つける気があるのかないのか」と聞いてきた。
(ハッ……! これは演技でしたか……!!)
即座に、自意識過剰な思い違いに気づいたオーレリアは態度を改め、中将に向き直る。
「私も、中将のその真面目そうなところとかんん~~~すごく好みです」
「そ、そうか?」
なぜか照れたように軽く頬を染められ、オーレリアは思いっきり足を振り上げて中将の足を踏みつけた。「演技ですってば。なんで照れてんですか」と小声で念を押す。「そ、そうだよな、うん」と中将は頷き、そっと壊れ物を扱う仕草でオーレリアの手を取った。
「君の存在に気づいたのは、実はかなり前なんだ。ずっと好きだった」
「そうなの?」
唖然として聞き返した瞬間、ギロリと青い目で睨みつけられる。
慌ててオーレリアは咳払いをし、「私もなの……!」と言った。
「お慕いしておりました」
「ああ、愛しいひと。なんてことだ、我々は両思いだったということか」
絶望的なまでに棒読みだった。
(さすがにこれは無い。聴衆全員いま疑ってる)
オーレリアは覚悟を決めると、勢いをつけて中将の胸に飛び込む。
心得ていたようにひしっと抱きとめられた。
「嬉しい」
「もう離さないよ……!」
抱き合ったまましばしの時間が過ぎる。
やがて、辺りからぱらぱらと拍手が上がり、だんだんとその音が大きくなり、ブラボー!という声や口笛が飛び交った。
ちらりと見ると、伯爵夫妻も抱き合っていた。
夫人は泣きながら「私感動しちゃった」と言っており、伯爵は優しげにその髪の毛を撫でながら「愛の奇跡に乾杯だ……」と頷いていた。
(なんでよ? いいの?)
結局、伯爵夫妻のことは理解できそうにない、という結論のままその場は幕引きとなった。
周囲が納得するまで抱き合っていた中将とオーレリアは、熱烈に応援されながら「仕事は早退でいいから!」と双方の上官にすすめられ、その場を辞することになった。
とりあえず、その足で二人で街に出て、酒場で飲んだ。
「バラバラで帰るところを誰かに見られても面倒ですし、泊まっていきますか」
「君が良ければ」
「もうなんでも良いです」
遅くまで飲んで宿をとり二人してぐっすり寝て健やかに目覚めて解散。
苦楽を共にし、飲み友達となった二人が本当の恋人になる日もそう遠くなかったという。
不貞の事実はありません 有沢真尋 @mahiroA
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