第4話

 アークライト中将は腕を組み、ぼんやりと空を見上げていた。そのぼんやりとした顔のままオーレリアを見下ろし、実に冴えない声で答えた。


「ほんとだな~」

「なっっ……にやる気無くしてるんです!? 誤解があるんです、誤解。中将からもなんとか言ってください!!」

「なんとか……」


 すうっと、下士官へと目を向ける。下士官は「すべてわかってますから」みたいな顔のまま、にこにこと微笑んでいる。中将は、気のない様子で声をかけた。


「これまでろくに噂のなかった俺だというのに、今日は人妻に同僚の魔術師になんというかこれが全部申し立ての通りならとんでもない不実な男になりそうなんだが、誰か俺の話を聞く気のある奴はいるのか?」


 話の通じない伯爵夫妻に続き、部下の暴走。かなり相当心が引きこもってしまった様子。

 オーレリアはふらりと足をふらつかせ、両手で口元を覆って呟いた。


「世、世を儚んでおられる……!」

「儚みたくもなる。何が起きているのかさっぱりわからない」

「ああ、それ。私もです」


 さきほど自分もまさに考えたことを言葉にされて、すん、とオーレリアも我に返った。

 さらに中将は、うなだれて呟く。


「そもそも俺にはこういう華やかな場での任務はふさわしくない。九竜大蛇ヒュドラ退治任務を回してほしい」

「それ!! 本当にそう!! 私もです!! 茶会よりも九竜大蛇ヒュドラです、間違いありません!!」


 自分で言っていて、「何がだ」という気はしなくもないが、そこは素早く思考の隅へと追いやる。

 同意を得られたのが嬉しかったのか、中将は身長差のあるオーレリアを見下ろし、傷ついた少年のような瞳にほんのりと笑みを浮かべて「だよな」と言った。

 そこに「ひどいわ……」と、陰々滅々とした恨みっぽい女性の声が重なった。

 聞こえた瞬間、(あっ)とその存在を思い出したが、逃げ隠れする余地はない。

 下士官の登場でいっとき話に入りそびれていた伯爵夫妻が、ここにきて息を吹き返す。


「私がその方を好きだと知っていて、目の前で睦み合うだなんて……泥棒猫とはこのことね」

「睦!? 猫!? 九竜大蛇ヒュドラの話で盛り上がっていただけですよ!」

「盛り上がるだなんてそんな、はしたない」


 夫人は青ざめて片手で口元をおさえ、しゃくりあげる。「おいお前、しっかりするんだ」と傍らで励ましていた伯爵だが、キッとオーレリアを睨みつけた。


「君、破廉恥だぞ!」

「どんな盛り上がりを想像したんですか? 九竜大蛇ヒュドラですってば!!」


 つい先程までは、中将を憐れみの目で見ていたというのに、あっという間に渦中である。


(話が通じないの怖い……!!)


 戦慄の。

 真横にいただけにその震えが伝わったのか、中将が実にしみじみとした声で言った。


「いまこの場で俺の気持ちが一番にわかるのは君じゃないかと思っている」

「はからずもそのようですね!?」


 苦しくも、中将は伯爵に「夫人の心を盗んだ泥棒」と罵られ、オーレリアはオーレリアで夫人から「中将の心を盗んだ泥棒」と罵られている。

 とんだ踏んだり蹴ったりであった。


「どう落とし前をつける気だっ!!」


 伯爵に怒鳴りつけられ、オーレリアの頭がすーっと冷えた。

 どうもこうも。


「魔術師なので魔術で落とし前をつけて良いですか……?」


 凍てついたオーレリアの声を耳にした中将が、横から「早まるな」と制してくる。


「君は九竜大蛇ヒュドラ退治相当の魔術が使えるんだよな? 一般人に向かって使って良いものではないだろう」


 もっともであったが、だからといってもはやオーレリアも引く気は無い。


「早まるなって、早まらなかったら何か解決するんですか? このままだとあなたは人妻に横恋慕して不貞を働いたコソ泥で、私はそんなあなたを人妻から奪った天下の大泥棒猫ですよ?」

「すごいな。猫の中でも大物だ」

「猫ではない。猫ではない。繰り返す、私は猫ではなく魔術師です」


 斜めのフォローを入れてきた中将に対し、オーレリアは断固として言い放った。


「わかった。よくわかった。だが解決法は他にもある」

「言ってみてください」

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