第6話
しばらく喋ることも出来ず、私は泣きじゃくった。どうして泣いているのか。私には私が理解出来なかった。
彼はというと、特に何も言わず、ただ私の背中をさすってくれた。どこか遠慮するようにしつつも、優しく。まるで宝物を扱うように、丁寧に。私はこの人の特別なのだろうか、と勘違いしてしまうほどの献身さだった。
「ご迷惑をおかけしました」
「いやいや」
泣き止んだみたいで良かった。そう彼は、安心したように笑った。
「このハンカチは……」
「あ、ありがとうね」
洗って返しますね、という前に、彼は私の手からハンカチを取ってしまった。どうやら私が返そうとした、と思ったらしい。……いいんだけど。鼻水とかつけてないよね、と心配になってしまった。
そこからは二人。どちらも話さずに黙っていた。秋風が頬を撫でて、思わず少しだけ身震いして。それはあくまで条件反射で、全然寒くはないんだけど。
「……私」
その秋風に誘われるように、私は気づけば口を開いていた。この沈黙を破るのは、とても怖かった。……でも隣にいる彼が、優しく微笑むから。何も言わないでくれるから。……私は落ち着いて話すことが出来た。
「……貴方と会えなくなるのが、悲しいです」
「……」
「寂しいです」
「……」
「絵を理由にしなくても……っ、会いたいです……」
言っている内に、また涙が溢れてきてしまった。ああ、ダメだなぁ、私。泣いたらまた、この人が困ったように笑ってしまう。あの困ったような八の字の眉を見せてしまう。……ああ、いや、その表情はデフォルトなんだっけ……。
馬鹿なことを考えていると、彼は優しく私の頬を流れる涙を拭ってくれた。またあの、大人っぽいハンカチ。……この人にとって、私はどれだけ子供に見えているのだろうと。……そう思わずには、いられなかった。
「……ありがとう。僕のことを、そんなに好いてくれて」
私の涙を拭いながら、彼はそう言って微笑んだ。優しく、やっぱり、困ったような八の字の眉で。
「……でも僕は、ここら辺に住んでいるわけじゃ無いんだ。地元は、ここから車で一時間くらいのところで、普段仕事は、東京でしてるから」
その優しい声は、言ってくれなかった。
じゃあ、絵が描き終わった後でも、会おうよ。
そう、言ってくれなかった。
精一杯、悲しそうに、寂しそうに……演技じゃないけど、してみても、ダメだった。
じゃあ、諦めます。そう言ってもきっと、彼は、うん、と頷くだけなのだろう。
申し訳なさそうに、困ったように。
……だからもう、何も言えるわけが無かった。
「……私、また、踊ります」
涙を拭って、精一杯笑う。私も、八の字の眉になっていないかなぁ。少し、とても、不安だった。
「……うん、僕は、それを描くよ」
その彼の表情が綺麗で、私はどうしようもなく、また泣きそうになってしまった。
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