第5話
目の前を舞う赤と黄が、心なしか少なくなっていったような気がする。
それもそのはずだった。だって、葉が色を付けるピークなんてとっくの昔に過ぎ去って。私と彼が出会って、もうしばらく経ってしまったのだから。
今日も私は行く宛もなく踊る。届ける先は一つだけ。でも彼がそれをどう受け取っているか、私は知らないから。だからこれは、一方通行でしかないの。
ああ、前まではあんなに幸せだったのに。ああ、もちろん、今が幸せでないとは言わないけど。それでもその「幸せ」の中に、何とも言えない「寂しさ」のようなものが混じっているの。そう、まるで、綺麗な絵画に一滴の黒。それを拭おうとすればするほど、広がっていくみたいに……。
彼はとても、繊細な人だから。私のこの言語化できない「黒」を悟られてしまわないか……今の私には、ただそれだけが不安だった。だから、辺りを見回す。いつも私と踊ってくれる葉々は、こんな数じゃ心もとない。彼の方が見れない。ああ、怖いよ。今日は崖の縁で踊っているみたい。
「……休憩しようか」
そこで彼がふと口を挟んだ。私はびっくりして、言われた通り動きを止める。何故なら、そんなことは初めてだったからだ。何日も過ごしてきて、彼から踊りを止められるなんて、初めてだった。いつもは、私が疲れて自然と踊りが止まるまで、続いていたのに。
彼はスケッチブックを横に置き、私を手招きする。私は自分の手足が震えるのを感じながら、彼の元に近寄った。
ベンチに座る。あの日、彼に出会った日も、こうして座っていたな、と思い出す。いつものココアを受け取ると、彼は言った。
「止めてごめんね。なんか、切羽詰まっているというか……焦っているように見えたから」
「え……」
「あ、勘違いだったらもっとごめん、って感じだけど……」
また申し訳なさそうに彼は言うから、私は黙って首を横に振った。そして彼のその言葉を頭の中で反芻する。何度も何度も。そうして、いつしかその言葉は染み渡って。
そうか。
私は切羽詰まっていたのか。
私は焦っていたのか。
そう、納得する。
これは、私が彼に心を惹かれているが故の妄信かもしれなかった。だけどそれで良かった。彼が私のこの気持ちに名前を付けてくれた。その事実さえあれば、妄信だって良かった。
そう思った時に、私の視界が景色を変えた。不思議に思っていると、私は泣いていることに気が付いた。
あれ、止まらない。
馬鹿みたいに平坦な声で言うと、彼は焦ったように一回立ち上がった。そして隠すこともなく「困ったなぁ」、と言うと、私にハンカチを差し出す。普段私が使うようなハンカチより、少しだけ大きい。男の人なのだなぁ、と、何故かそこで実感してしまった。私は、私に対して他人行儀になってしまっているらしかった。全てが他人事のように思える。
ハンカチを受け取って、ありがとうございます、と言いたかったけれど、それは嗚咽となって排出された。そういえば、私は泣いているんだっけ。また他人事のように、私は思い出した。
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