第2話
モデル。
それは、思ってもみなかったセリフだった。私は特別美人なわけではない。少なくとも不細工でもないと思うが。
「いいですよ」
気づくと、私の口はそう動いていた。あまり時間を置かず答えたせいだろう。彼は目を見開き、とても驚いた様子だった。
「い……いいんですか? 本当に? ……もう少し話聞いて、それから考えた方がいいんじゃ……」
「それは……まあ、確かに。……でも」
受けたいと、思った。
そこに迷う余地など、どこにもなかった。
この人は悪い人じゃない。絶対、私の不利益を講じるような人じゃない。わかるんだ。……第六感、ってやつだろうか。……何でも良い。
「たぶん、貴方のお願いの承諾を翻すことはありませんが……お話を聞かせてもらっても、いいですか……?」
「は、はい、もちろん」
彼は驚いたようにしつつも、少しずつ話し始めてくれた。
まず、彼は成人済みだということ。普段は仕事をしているらしいが、秋いっぱいまで休暇を取ったらしい。普通、社会人ってそんなに長く休みを取れるのかな? と疑問に思っていたら、どうやら自営業らしく、そこらへんのシステムはゆったりしているらしい。まるでこの人そのものの様だ。しかもその休暇も、社員の人に無理矢理取らされたもの、と彼は苦笑いを浮かべながら言った。私は内心、その人たちに感謝をした。お陰で私は、こんないい人に出会えたのだから。
彼は休暇を取ったもの、何をするべきか全くわからなかったらしい。特にやりたいこともなく。仕事も取り上げられた。結婚もしていないから家に一人で暇(その話を聞いた時に、こっそりガッツポーズを決めたことは内緒だ)。
そんな時彼は、仲のいい友人に「お前のんびりしてるから、絵とか似合いそうだな。何か描けよ」と言われたらしい。……何故友人がそんなに上から目線なのか……という疑問は置いておいて。
それで絵を描くための道具を揃え、何を描こうかとぶらぶら探索していたところ……。
「……貴方を見つけたんです」
そう言って彼はふにゃ、と笑う。その柔らかな笑みに、私の心はあっという間にきゅう、と音を立てた。可愛い。こんなに可愛い大人の男の人がいてもいいものなのか。しかも、貴方。貴方だって。可愛い。
「……まさか、特に何も聞かないまま承諾をされて、とても驚きました……」
「あ、な、何かすみません」
「いえ、快諾してくださって嬉しかったです……謝らないでください」
私が慌てて謝ると、彼も慌てたようにそう言ってくれた。どこまでも優しい人だ……壺とか買わされないか、心配になってしまう。
「ええっと、さっき話した通り、僕は絵のプロとかではありません。なので、どのような作品になってもどうか怒らないでほしいです……」
「はい、わかりました。……あの……」
「はい」
「……もし描き上がったら、その絵を私に見せてくれませんか?」
「え?」
私のお願いに、彼は一度聞き返してから言う。
「上手くないですよ……?」
「それでも構いません」
「いや、でも……」
「……貴方が嫌だというなら、諦めます……」
「あ、いや、嫌というわけでは……分かりました。完成したら、貴方に見せます」
「……ありがとうございます!!」
やっぱり。こっちが引くと、向こうから来てくれる。……作戦に嵌めてしまったみたいで申し訳ないけど、私は嬉しくて、思わず大きな声が出てしまった。恥ずかしくなって口を押さえる私に、そこまで言ってくれるなら、頑張って描かないとね、と彼は笑いながら告げる。……本当に優しい。
それでは明日から、午前十時。このベンチで。
その日はそう約束して、私たちは別れた。
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