醜さと正しさと ──後半──

「ぶっ!」


「しぶてえガキだ」


 顔面を蹴られ、鼻から血が垂れる。

 それを目の当たりにした春風さんは泣き叫ぶ。


「や、やめて……もうやめて! おこれ以上六花くんを傷つけないで! お願い!」


「ああん……? ならわかってるよな、どう言えば良いのかをよぉ」


 男が舌舐りをし、春風さんの身体を舐め回すように見る。

 まさか……。


「……っ」


 春風さんは言葉の意図を理解すると、口を結んだあと俺を見る。

 彼女の顔には先程までの苦しさや悔しさは無くなっており、慈愛に満ちた表情だ。

 そして彼女は目蓋を閉じると。


「……なんでもする。 私がなんでもします。 だから六花くんをこれ以上痛め付けないで……」


 その言葉を聞いた男はニヤリと汚い笑みを浮かべると。


「へっ、もう取り消せないからな? たっぷり可愛がってやるよ」


「…………」


 春風さんは涙を一筋流し肯首。

 肩を抱かれながら奥へと歩いていってしまい、角を曲がる直前。

 一瞬止まった彼女は悲しい笑顔でこう言ってきた。


「ごめんね六花くん。 私は大丈夫だから、君はもう……行って。 お願い……。 私の情けない姿をこれ以上みないで……」


「ッ……!」


 やっぱりそうだ。

 彼女は俺の為に犠牲になる気だ。

 自分の身体を使って。

 

「春風さん……。 待ってくれ、春風さん!」


 奴らへの怒りが原動力となったのか。

 それとも春風さんを連れ込んだ部屋の扉の音がそうさせたのか。

 少しばかり動くようになった身体に鞭を打ち立ち上がろうとする。


 しかし俺に殴られた男がそれをよしとしなかった。


「女取られてザマあないな、ガキ!」


「ゴホ!」


 男は中腰になった俺を商品棚に蹴っ飛ばしたのである。

 

「ったく、ガキが大人に楯突いてんじゃねよ。 ……おい、こいつの財布だ。 ボスに持ってけ」


「お前はどうすんだよ」


「こいつをもう少し可愛がってやるさ」


 言いながら男が財布を投げ渡すと、受け取った男は気弱そうな顔の男に声をかける。


「ほら、行こうぜ。 あの女なかなかの上玉だったしよ、俺らもおこぼれに預かりたいだろ? な?」


「お、俺は…………」


 気弱な男がこちらを見下ろしてきた。

 とても申し訳なさそうに。

 その表情に俺は少し期待した。

 助けてくれるのではないかと。

 しかし現実は非情だ。


「わかった……」


「……ッ。 どうして…………どうしてこんな酷い事が出来るんだ……。 同じ人間なのに……」


「うるせえな。 俺らもどうせ近いうちに死ぬんだ。 だったら今のうちに楽しみたいだろうが!」


 それで……そんな一時の気持ちの為に他人を。

 春風さんを傷付けるのか、こいつらは。

 なんて醜悪で卑しい奴らなんだ。

 許せない、殺してやりたい。

 だが俺はなんの力もないただの学生だ。

 神殺しの力を持つだけの、ただの男だ。

 俺には彼女を救う事も……涙を吹いてあげる事も出来やしない。

 それがとても悔しい。


「……すまない」


 謝られても、もう許すつもりはない。

 男二人が奥の部屋へと消えていく最中も、その背中が見えずとも俺は睨み続けた。


「さあお楽しみといこうぜ、クソガキくんよぉ!」


 何度も何度も、何度も何度も蹴られながら、憎しみのこもった瞳で一心不乱に。

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