醜さと正しさと ──前半──

「悪い春風さん、少し遅れ……」


 一度閉まった自動ドアを開け、俺はスーパーに入る。

 だがそこで思いがけない光景を目にする事になった。


「六花くん……」


「は、春風……さん?」


「くくく……」


 スーパー内の玄関口。

 広めのスペースの中心で春風さんが、男に羽交い締めにされていたのだ。


「まだガキじゃねえか。 こんな奴から身ぐるみ剥ぐってのか……」


「うるせえ。 嫌なら出ていきな。 一人で生きていけるんならな」


「ちげえねえ」


 春風さんの首に腕を回しているのがリーダー格だろうか。

 そいつが気持ち悪い笑みを浮かべると、文句を言っていた男が押し黙る。

 全員で四人か。

 生きている人間が他に居た事自体は嬉しいが、こんな奴らとは出会いたくなかった。

 奴らは脱獄囚か何かなのだろうか。

 作業服に手錠、それぞれ武器を携帯している。


「あんたら……何者だ。 どうやって生き残って……いや、あんたらがどこの誰かってのはこの際どうでも良い。 それよりもその人を……春風さんを離してくれ、俺のツレなんだ」


「へえ、あんた春風って言うのか。 可愛い名前じゃねえの」


「ひいっ」


 リーダーの男は言いながら春風さんを頬を舐めた。

 春風さんの顔色は真っ青。

 怖くて堪らない筈だ、なんとか助けねば。


「やめろ。 春風さんが嫌がってるだろ」


「ああん? 生意気なガキだな。 おいお前ら、さっさと仕事しろ。 身ぐるみ剥げや」


「ああ……」


 先程狼狽えていた男がこちらに近寄ってくる。

 突破口があるとしたらこの人か。

 そう判断した俺は……。


「あんた……あんた本当はこんな事したくないんだろ。 頼む、春風さんを助けてくれ。

彼女は今日1日とてもつらい目に遭ってきたんだ。 もうこれ以上酷い目に遭わせたくは……」


 と、説得を試みる。 

 しかしそれは意味を為さなかった。

  

「すまんな、坊主。 お前の願いは俺には荷がおめえよ」


「ッ!」


 次の瞬間、俺は積んであったビールに突っ込んだ。

 どうやら殴られたらしい。

 頬が異常なほど痛い。

 相手は大人なのだから当たり前だが。


「ぐぅ……! いきなりなにし……がは!」


 俺は立ち上がろうとビール缶の中を這いずる。

 そこへもう一人の男。

 鉄パイプを持った男が俺の腹を蹴ってきた。


「寝てろや、クソガキ!」


「いや! 六花くん!」


「が……あ……」


 腹部から痛みが広がり、胃酸が込み上げ、喉を焼く。

 だが俺はそれに耐え立ち上がる。


「げほ……くそ、ふざけやがって。 そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ……。   うおおおおっ!」


「ぶっ! こ、こいつ……!」


 立ち上がり様に蹴ってきた男の顔面をぶん殴った。

 男はのけぞり、怒りを露にする。

 

「舐めやがって! ぶっ殺してやる!」


 そして鉄パイプを振り上げた。

 当たれば只では済まないだろう、が。


「……!」


「がっ!」


 俺は構わず男をタックルで押し倒す。


「この野郎、よくも……!」


 男は馬乗りになる俺を殴ろうとする。

 だがそれより先も俺の拳が男の鼻っ柱を……


「あんたこそ寝て……! ……あ、れ?」


 折ることはなく、むしろ血を流したのは俺の方だった。

 いきなり視界が反転し、平衡感覚が覚束なくなる。


「なんで頭から血が……」


「す、すまん。 許してくれ……」


 ドサッ。

 血を流したのもあるが、後頭部をバットで殴られたのが致命打だったらしく、俺は床に倒れ込む。


「は、はは! ガキの癖に舐めた真似しやがるからだ! お前ら、こいつをリンチするぞ」


「おっしゃ! おら!」


 …………。

 

 バットで殴った男ではなく、傍観していた男と糞やろうが何度も蹴りを入れてくる。

 頭に血が行っていないのか、あまり痛みは感じない。

 ただ意識が薄れていくだけだ。


「六花くん……いや……。 いやぁぁぁ!」


 もはや感じるのは春風さんから飛んできた涙と絶望の声のみ。

 そんな状態にも関わらず、俺は奇跡的に春風さんに手を伸ばす。


「はるかぜ……さん…………」


「六花くん!」


 徐々に近づく俺と春風さんの手。

 その手がいよいよ触れようとした時。


「きゃっ!」


 リーダーの男が春風さんを引き戻し、俺に蹴りを入れてきた。


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