それぞれの想い ──後半──
有無を言わせない強い語気と共に浮かぶ沈痛な表情。
「春風さ……っ」
俺はその言葉と苦しげな表情の意味に気付くと、伸ばした手を引っ込める。
それ以上声をかけるのが憚られた。
振った奴が何を言ったところで、春風さんを余計に傷つけるだけだろうから。
だから俺は口を閉ざした。
彼女を慰める資格など俺には無い。
「頼んだぞ、咲」
合図が送られてから十数秒。
いつでも走れる準備は出来たと頷くと、咲がついに行動を開始した。
「────!」
頼んで正解だった。
おおよそ五階の高さから投げた小石は、見事窓ガラスを貫通。
彼女の正確無比な投石のお陰でブザーは鳴り大騒動が巻き起こる。
「ワオーン!」
「バウバウ!」
案の定野良犬は死体を貪るのを止め一斉に集まっていく。
「…………行ったね」
「ああ」
そして最後の一匹が向かったのを確認して少し待ったのち。
「よし、今だ! 行くぞ春風さん!」
「うん!」
俺と春風さんは路地裏から一気に飛び出した。
向かうは道路の反対側に建っているスーパーだ。
「ウォォォォン!」
「あわわわわ、電気を車に放ってるよぉ! ひいぃん……!」
新種のポケッツモンスターかな。
「はぁ、はぁ…………なんとか無事に渡れたな。 大丈夫か、春風さん」
スーパーの駐車場。
そこの看板に身を隠しながら声をかけると、春風さんは息も絶え絶えに。
「う、うん……げほげほ。 なんとか……」
俺も大概だが春風さんの運動不足もなかなかのものだ。
もう足が限界らしく、しゃがみ込んでしまっている。
対して咲はスゴいのなんの。
「はぁ……ふぅ……。 それにしても咲ちゃんってほんととんでもない女の子だよね。 中国映画のスタントマンみたい。 あれもヴァルキリアドールズっていうのになった影響なの?」
あれを見たら誰だってそう思っても仕方ない。
咲の容姿は華奢で可愛いだけの女の子。
決してガッシリした体型ではない。
なのに建物のパイプを片手で掴み、軽々と滑り降りている姿を見たら、そう思うのは当然の帰結だ。
だが俺は、幼馴染みゆえに知っている。
あれはヴァルキリアドールズになる以前に会得していた物だという事を。
「いや、あれ地だな」
「地……って……え? 冗談だよね、それ」
「信じられないだろうけど、冗談じゃなくてガチだ。 あいつは空手以外にも柔道やボクシング、武術なんかも子供の頃から習っててさ。 他にもパルクール、スケボーと何でも出来る怪物なんだよ。 だからあのくらいなら簡単だと思う。 もっとスゴいの見た事あるし」
それを耳にした春風さんが「ほえ~」と目を丸くする。
「咲ちゃんよく自分はスーパー美少女女子高生って自画自賛してるけど、自称してるだけはあるんだなぁ」
「そうかもな。 認めるとウザいから絶対言ってやらないけど……って、いけね」
「ん?」
こんな所でくっちゃべってる場合じゃなかった。
渡りきったとはいえ、ここはまだ駐車場。
異形の野良犬もとい……仮に『ヴォルティカン』と呼ぼうか。
ヴォルティカンがこちらに気付いてこっちに来てしまう可能性もゼロではない。
代わりに一働きしてくれた咲には悪いが、ここは先に避難しておいた方が良いだろう。
咲が無事に渡るためにも。
「先に入っておこうか。 このままだと見つかるかもしれない」
「咲ちゃんは良いの?」
「逆に残った方が迷惑になる。 俺達がもしヴォルティカン……野良犬達に見つかったりしたら、確実に殺されるからな」
遠くからヴォルティカンの遠吠えが聞こえてくる。
まるでオオカミの遠吠えだ。
その声にビクッとした春風さんは、我先にと立ち上がると疲れなど吹き飛んだかのように。
「そ、そうだね! 避難しよっか!」
一目散へとスーパーに駆け込んでいった。
ガーっと開く扉に消えていく春風さん。
「はは……まったく、落ち着きのない人だな。 でもあの性格だからこそ、助けられてる部分があるんだろうけど。 ……いかん、追わないと」
そんな彼女の後を追おうと、俺も足を踏み出した。
「……咲、気を付けろよ」
車列に隠れて機を狙う咲に、一度だけ振り向いて。
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