諦めない心 ──前半──

「ははははは!」


 ああ、ここで俺は死ぬんだ。

 こんな屑に殺されて。

 何がアスディバインコードホルダーだ。

 何が世界を破壊する可能性を秘めし者だ。

 そんな大層な肩書きがあっても、女の子一人救えやしない。

 屑一人殺せもしない。

 こんな力になんの意味があるんだ。

 

「随分大人しくなったなぁ、てめえ。 もう限界か、おらあ! それとも自分の女が向こうで犯されてるところでも想像してんのか? ひはははは!」


 向こう……。

 ああ、春風さんの事か。

 春風さんはこれからきっとこいつらにいい様にされるのだろう。

 オモチャみたいに。

 どうしてこいつらは同じ人間、生き残り同士でそんな酷い行いが出来るんだ。

 信じられない。


「はぁ……あー、俺もそろそろヤリたくなってきたわ。 つーわけでよ……」


 と、男は顔を踏みつけようと足を振り上げた。

 もういい、もう疲れた。

 こんな世界に生きていたってどうなるっていうんだ。

 つらいだけだ。

 死ねば春風さんの泣き声もこいつらのゲスな声も聞かずにすむ。

 惜しむらくは、咲か。  

 あいつは泣くかな、俺が死んだら。

 ああ、間違いなく泣く。

 それだけが心残りだな。


「代わりに俺らが女を使ってやるからよ。 いい加減てめえは逝っちまいな!」


 男が足を振り下ろす中、俺は咲の顔を思い浮かべた。

 その時だった。

 生きる気力が……湧き出る湯水が如く力が溢れてきたのは。


「死ねる……かよ……」


「な、なんだと……?」


 あいつに俺と同じ想いをさせるつもりなのか。

 大切な人の死をあいつにも見せるつもりなのか。

 そんなのは俺は望んじゃいない。

 俺が望むのはただ一つ。

 咲と一緒に、このいつかは終わる世界を生き抜きたい。

 だから……!


「俺はこんなところで……!」


「こいつ……この怪我でどこにこんな力が……!」


 靴を掴まれ止められた男が瀕死だった子供の気迫に飲まれ、冷や汗を流す中。


「死ねるかっつったんだ!」


「ぐあっ!」


 俺は力の限り男をつき飛ばした。


「まだ……死ぬわけにはいかねえんだよ……。 あいつが泣いちまうから、まだ死ぬ訳にはいかないんだよ俺は!」


「い、意味のわかんねえ事を!」


 ボロボロになりながらも啖呵を切った俺に、男は立ち上がり様に隠し持っていたのナイフを引き抜く。


「もうめんどくせえわ、お前。 これを使うつもりは無かったんだがよ、てめえが思いの外しぶてえから使わざるを得なくなっちまったわ。 恨むなら……」


 男はそのナイフで俺を刺そうと近づいてくる。

 そしていよいよ間合いに入った瞬間、男はナイフを振り上げ……


「てめえのついてなさを恨むんだな!」


「くっ!」


 俺の頭部に……!


「ぐわあっ!」


「え……?」


 とはいかず、何故か男がいきなり吹っ飛んだ。

 意味がわからず俺は狼狽える。

 だがすぐその理由がわかった。


「これは……この右手に浮かんでる小盾は一体……」


 右手の甲に浮かぶ、半透明の盾。  

 それがナイフを破壊し、男を吹き飛ばしたのだと気付くのにそう時間はかからなかった。

 小盾には数多の数字が流れており、右目にはあの文字がまた浮かび上がっている。


「『神殺しの数式アスディバインコード守護スル者ノ盾アイギス』……? これがこの盾の名前、なのか」


「な、なんだよそれ……。 なんなんだよ、それは!」


 いきなり現れた盾に男は恐れをなしている。

 犯罪者とはいえ、奴は普通の人間。

 こんな奇々怪々な物が突如として現れたら怖がるのも当然だ。

 それだけで許すつもりは毛頭ないが。


「これか? 知りたいなら教えてやるよ」


「ひいっ!」


 後ずさる男に歩みながら俺は握った拳を振り上げる。


「神を殺す力、なんだってよ……!」


 そしてその振り上げた腕に浮かぶアイギスで、男を殴ろうと拳を振り下ろ……!


「う、うわああああ! ……がべッ!?」


「……へ?」


 が、奴に天誅を下したのは俺の右手じゃなかった。


「この……ゴミクズ! よくも……よくもわたしの幼馴染みに手を上げてくれたわね! ぶっ殺してやる!」


 まるで主人公の如く現れた女の子の名は。

 子供の頃からヒーローのように憧れていた存在の名は。


「さ、咲……?」


 菜乃花咲。

 俺の幼馴染みだった。

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