唯一の道 ──前半──
「う……うぅ……。 ここは……ああ、そうか。 俺は気を……」
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
気絶していたらしく、時間の感覚がわからない。
ただ怪我はしていないみたいで、動くのは問題なさそうだ。
「凄い土埃だな。 生きてるのが奇跡だ。 とりま、状況の確認を…………ん? なんだ、この柔らかいの」
起き上がろうと腕に力を入れると、左手に柔らかくも固い感触が広がった。
形状的には球体だろうか。
揉める程度の大きさだ。
なんだろう、揉んでると妙に母親に包み込まれているような安心感が……。
「んぅ……。 ダメですぅ、六花さぁん……。 私達にはまだ早いですからぁ。 せめてお付き合いをしてからに……あんっ!」
おっと、これはまずい。
どうやら揉みしだいたのは、春風さんの大きな乳房だったみたいだ。
真っ暗で何も見えないが、今の嬌声からして間違いない。
「ご、ごめん春風さん! 今のはわざとじゃなくて事故……!」
司法制度が今の世界でどれだけ効力があるかわからないが、セクハラには違いなく、俺は急いで起き上がる。
「いって!」
「六花さん、どうかしましたか?」
「いつつ……頭割れそう……」
電車が脱線し、ホームに激突したからだろうか。
天井の一部が崩れ、真上まで迫っていた。
このままここに居たら何かの拍子に潰されるかもしれない。
早めに脱出しなくては、と俺はジーパンの尻ポケットから取り出した携帯のフラッシュライトで周囲の確認を…………おっとこいつはやばい。
この状況も非常によろしくないが、俺は隣を照らした瞬間、そこにあったものに苦笑いを浮かべる。
「よ、よう……おはよう、咲。 もしかして、今の聞いてたり……した?」
ハイライトの消えた瞳で、無表情のまま笑う幼馴染みに。
「ふふ。 聞いてたよ、六花? すぐ隣だもん、そりゃあ聞こえるよぉ。 それとヴァルキリアドールズになった影響なのかな? 夜目もすごいきいてさぁ、真っ暗闇でも鮮明にわかるんだよねぇ。 六花がそこの売女の胸を揉んだとことか……ね?」
「いや、待て! 今のはほんとに事故で!」
「酷い、六花さん! 私、男の人に触れられたの初めてなのに! 所詮は身体だけが目当てだったんですね!」
こいつなに言ってんだ。
「おいいい! ちょ、春風さんあんた何言ってんの!? だってさっきのは明らかに事故……」
「この……」
ボソッと聞こえた咲の声に、俺はギギギッと首を回す。
その直後の事だ。
「咲……さん? えっとですね、これは……」
「この女にだらしのない優柔不断男ーっ!」
咲は涙を目尻に浮かべながらストレートパンチ。
「ぶっ!」
もろに食らい俺は、瓦礫や電車のガワを破壊しながら宙を舞い。
最後は横倒しになった電車の中で気を失ったのだった。
「ごめんね、六花ー! ちょっとカッと来ちゃってさあ! 謝るから許して! このとーり!」
プイッ。
電車の横長席でふて寝する俺に咲はすがり付くが、相手にせずそっぽを向く。
「お前は自分のバカ身体能力をわかってない。 マジで死ぬかと思ったんですけど。 もう咲さんなんて知りません。 どこへなりと行ってください」
「そんな事言わないでよぉ。 わたしが悪かったから……」
「ま、まあまあ二人とも。 仲良くしよ? 折角みんな生き残ったんだからね?」
邪魔されたからか。
はたまた春風さんをこれ以上なく嫌いになったからか。
「ああん……?」
咲は仲裁しようとした春風さんをキッと睨み付けると。
「ちょっと黙っててくれません? そもそもあんたのせいなんだけど?」
「うぅ……ごめんなさい……」
また泣いちゃったよ。
泣かすなよ、頼むから。
「おい、やめろよ咲。 今回のは全員に問題があるだろ。 事故とはいえ触ったのは事実だし、お前は殴るし」
「それはそうだけど……」
「だろ? だからもう春風さんを責めるな。 俺も機嫌直すから」
そう宥めると。
「……うん」
咲は申し訳なさそうに頷き、春風さんに手を差し出した。
「悪かったわよ、ごめん」
「んーん、良いんだよぉ。 女の子は色々あるもんねえ、えへへ」
よしよし、これで少しは仲良く……。
「……なによ、その腑抜けた顔は。 あんた、わたしをバカにしてんの? 子供扱いしてるでしょ。 ぶっ飛ばすわよ」
「ふぇぇ……」
前途多難過ぎる。
「さーってと。 んじゃ、こっからどうしよっかダーリン」
「誰がダーリンだ、ハニー。 どうするもなにも、地上への道は崩れたからな。 ここを行くしかないだろ」
視線を動かした先には、唯一無事な西方面へと続く線路が延びている。
ここを歩くしか今のところ方法は無い。
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