唯一の道 ──後半──

「ふわぁ。 私、線路歩くの初めてー」


「わたしもだけど? それがなんなの?」


「うぅ……」

 

 いちいち虐めてやるなよ。

 また涙目になってんじゃねえか。


「ほら、良いから行くぞ。 母さん達の無事を見に行かないと。 ところで春風さんもついてくるのか? 愛知まで行くつもりなんだけど」


「私もついていって良い? もう一人は嫌なの……」


「チッ」


 舌打ちをするんじゃない。


「なら一緒に行くか。 こんなとこに置いていくのも流石に忍びないしな。 春風さんみたいな可愛い人なら尚更」


「ふあっ」


「はぁ?」


 何故か二人が変な反応を見せている。

 春風さんは赤面して顔を覆い、咲は頬を膨らませているのだ。


「なんだよ」


「べっつにー! ふん!」


「な、なんでもないよ! にへへ」


 二人はそれぞれまったく違う様子で線路を歩いていく。  

 俺はそんな二人に肩をすくませ、後を追った。

 こんなチグハグな状態で大丈夫なのか。

 今後を思うと今から頭が痛い。





「神様に抗う力、アスディバインコードに。 そのアスディバインコードで生き返ったヴァルキリアドールズ。 それに世界再生の義、かぁ。 えっとなんていうか……いつの間にこの世界はファンタジーな世界になったんだろうなぁってー。 あははー」


 これは信じてないな。

 まあ無理もない。

 おいそれと認められる話ではないだろうから。


「なにそれ、ムカつく。 これ見て現実リアルの話だって信じないとかあり得ないんだけ……ど!」


 咲は言いながら、襲いかかってきた三つ首の蛇『トライスパイン』を蹴っ飛ばす。

 瓦礫に突っ込みあの世に逝ったトライスパインに、春風さんは────


「これは夢~。 これは夢なんだよぉ~。 ふふふ~」


 見ていないフリをして口笛を吹き出した。

 現実を直視したくないがゆえの苦肉の策か。


「こいつ……」


「夢じゃないんだがな……。 春風さんも本当は理解してるんだろ? あれだけの死体を見たんだから」


「…………はあぁ。 だよねぇ……やっぱりリアルなんだよね、これ……。 なんで私、生き残っちゃったんだろ。 動物もおかしいし、みんな死んでるし……。 うぅ……こんな世界になっちゃったんなら、死んだ方が楽だったかも……」


 気持ちはわからないでもない。

 もしかしたら家族も殺されているかもしれないと思うと、絶望に心が支配されそうになってしまう。

 けど咲の前でそれを言わないで欲しかった。


「死っていうのは誰にでも訪れて、とても厳かなものなの。 まだ生きている人間が行きたいと願う場所じゃない。 死と死者を冒涜しないで」


「う、うん……そうだよね。 ごめんね、咲ちゃん……。 生きてる事を喜ぶべきだよね……」


「ふん」


 思っていた反応とは違っていたが、何も起きなくて何よりだ。

 それはそれとして、春風さんの言葉に少し気になる部分がある。

  

「そういえば、春風さんってどうやって生き残ったんだ? 俺はアスディバインコードのお陰だとは思うんだけど。 さっきの惨状を見た限り、普通の人間には回避する方法なんかなさそうな気がするんだよ」


 気になったのは『どうして自分だけ生き残ったのか』という言葉だ。

 春風さんに話しかけられた時。

 生存者が居た事にテンションが上がり、ついスルーしてしまっていたが、今思うと妙でしかない。

 彼女以外には生き残りは見ていないのだから、生き残っているのはとても不自然だ。

 生きている人に会えて嬉しくない訳じゃないが、気になるポイントではある。


「私もよく分かんないよぉ。 朝仕事でやらかしちゃって、トイレで泣き疲れて寝ちゃったんだけどぉ。 起きたらこうなってて……」

 

「……他には?」


 春風さんは俺の問いに首を横に振る。


「他は思い当たらないかな……。 ほんとに寝てただけだし……。 しいて言うなら、便座で座ってたくらい」


 それは多分関係ないと思う。

 トイレの遮音材かなんかで防げるものなら、他にも生き残りが居てもおかしくはない。

 だが残念ながら、トイレで死んだ人を俺達は発見している。

 つまり、トイレ等の壁に敷き詰められた遮音材は効果が無い、という事になる。


「そうか。 何か防衛手段を得られれば良かったんだが、わからないなら仕方ない。 ありがとな、春風さん」


「んーん、何もわからなくてごめんね」


「気にしなくていいって。 春風さんが生きていてくれただけでも嬉しいからさ」


 と、落ち込んでいたので慰めの言葉をかけてあげると、春風さんはまた耳まで赤くし、俯いてしまった。

 一体どういう反応なんだ。

 理解しがたい。

 そんでお前はお前で、なんでどす黒いオーラを放ってんの。

 怖いんだけど。

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