救いの無いこの世界で ──1──
「俺らって今どこら辺に居るんだ? 似たような風景ばかりで、どこがどこやら」
「うーん。 地図見た感じだと、このまま進むと駅長室っぽいよ。 引き返したとこにある曲がり角を曲がれば、取り敢えず西日本行きのホームには行けそうだけど……どうする?」
東京の地下鉄は入り組みすぎているせいでまるでダンジョンのようだと聞くが、地上も十分ダンジョンではなかろうか。
無駄に広いせいで地図とにらめっこしても、どこへ向かえば良いのかよく分からない。
しかも最悪な事に、相当数の人間が駅内に跋扈していたからか。
天使ゴスペルの唄により頭が弾けた奴から血が四散した影響で、看板などが諸々血塗れ。
文字が殆んど読めないせいで探索が難航しているのが現状だ。
出来るなら愛知県行きの電車に乗りたい所だが。
「そうだな……。 なら一旦そっちに向かってみるか。 他にアテも無いし」
「うん、そうしよっか。 んじゃ、しゅっぱーつ!」
と、壁に貼られた地図から視線を離し、引き返そうとしたその時だった。
「げっ」
「……うわ、また出た」
進行方向にあいつが待ち構えていたのである。
「ヂュウ! ヂュヂュッ!」
ハツカネズミが異形化した生物。
魔獣のハム郎が。
ちなみに命名したのは咲。
「いい加減ウザいんだけど! 何匹も何匹も出てきて、その度に倒さなきゃならないこっちの身にもなってよね! ほら六花、下がって下がって! この完璧美少女咲ちゃんが、ハム朗の一匹や二匹簡単にやっつけてあげるから安心して! わたしに任せておけば問題無しだから!」
なんて頼もしいんだ、うちの幼馴染みは。
「お、おう……よろしく……」
「うん!」
親指を立ててウインクする咲に後を任せ、俺は後退。
邪魔にならない程度、かつ離れすぎない位置まで下がる。
俺だって男だ、女の子一人に戦いを任せるなんて本当は嫌だ。
けどこれも適材適所。
相手はハツカネズミと言っても神の柱が出現した影響で肉体が変異した異形。
一メートルは下らない巨躯。
コンクリートすら切り裂ける鋭い爪に、所々から突きだす骨が恐怖心を煽ってくる。
特に恐ろしいのは鋭い牙を幾つも揃えたあの顎だ。
あんなものに噛みつかれたら流石に耐えられはしない。
どんな強靭な人間も即お陀仏だろう。
咲だけは別として。
「ヂュヂュヂュ……!」
一歩ずつ踏みしめて向かってくる咲に、ハム朗は毛と一緒に骨を逆立て威嚇。
「ヂュォーッ!」
それでも尚止まらない咲に防衛本能が働いたハム朗が飛びかかる。
喧嘩をする場合、もっとも重要なのは体格差だと漫画で見た覚えがある。
技術も当然必要だが、どんな技を身につけていようとも、体積や体重が自分より大きい相手には腕力諸々も含み通用しないと聞く。
咲とハム朗に至っては、身長こそ咲が多少上なものの体重は明らかにハム朗に軍配が上がる。
その場合、武器かなにかが無ければ勝つことは不可能の筈。
だが咲は襲い掛かる巨躯に恐れ戦くどころか。
「でやあっ!」
あろうことか真っ正面から右ストレートパンチをぶちかました。
本来なら咲の拳が弾かれるか折れるかだろう。
しかしそこはあれだけの人間を皆殺しにした天使ゴスペルも警戒するヴァルキリアドールズ。
原理は不明だが、アスディバインコードが彼女を蘇らせた影響で、咲の肉体はもはやアメリカンヒーローも真っ青な超人レベル。
「────ッ!」
彼女の右ストレートを腹に受けたハム朗は、骨や内蔵を潰されながら直線約三十メートルの廊下を滑空。
壁に激突し、ピクリとも動かなくなった。
ぶつかった壁には亀裂が入り、小さなクレーターが出来ている。
恐るべし、ヴァルキリアドールズ。
「……ふぅ。 だから言ったじゃん。 安心してって」
「っすね」
「なんで敬語? ガチで草~」
そりゃ敬語にもなる。
だって怖いんだもん、お前。
これからはあんまり怒らせないようにしよ。
そう決意した舞鶴六花くんでした。
「ありゃ、やっぱり駅員さんも死んじゃってるね」
駅のホームへと行くのに通らなければならない改札口。
いつもはきっと耳を塞ぎたくなるほどの喧騒だったであろう場所も、今では死体と鉄の臭いが充満している。
どこもかしこも固結した赤黒い血液だらけ。
改札横の駅員専用室をガラス越しに覗いてみたが、中に居た数人は頭が弾けていたり、血の涙を流しながら死んでいた。
ここら辺の生き残りは、もう俺達しか居ないのかもしれない。
改めて神々の力は末恐ろしく、殺意が湧いてくる。
「ああ、そうだな。 今はひとまずホームに降りようか」
「うん、そだね」
俺と咲は改札口の通行止めを乗り越え、ホームへの階段を降りていく。
そこもかつての賑わいはなく、死体だらけだった。
段々死体に慣れてきたのが嫌になってくる。
「ここも酷いもんだな」
「本当にわたし達人間の世界は終わるんだね。 なんだか夢みたい」
夢だったらどれだけよかった事か。
でもこれは現実。
やり直しのきかない現実なんだ。
いい加減認めなければならない。
自分達がもう普通の人間じゃない事実も、ちょっとずつ。
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