神殺しの数式【アスディバインコード】 ──後半──

「だったらどうするつもりだ。 なんなら一旦仕切り直すか? 俺達は一向に構わないが」


「うん、構わないよ! ていうか、見逃して欲しいかな! ほら、わたしって超絶美少女だし、もし死んじゃったら人類の損失だと思うんだよね!」


「ふふ、面白い方達。 ですがそうもいきません。 地球グラン=オルの歴史上。 最初期にてコードホルダーと遭遇した例はありませんが、逃す手はありませんからね。 申ここで始末させていただきます」


 ちっ、やっぱり逃がしてはくれないか。

 なら仕方ない。


「そうはいくかよ! 一度は拾った命だ! 抗わせて貰うぞ! 咲、お前は……」


「わたしもやるよ、六花」


 言いながら咲は前に出ると、得意な空手の構えを取りながら地面を踏む。

 何やら地面から衝撃と音が聞こえてきたので視線を下ろしてみると、今しがた咲が踏んだコンクリートがひび割れていた。


「何言ってんだ、やらせられるわけないだろ。 俺がこいつの相手をするからお前は逃げ……ってなんだそれ! その足下のやつ!」


「ん…………足下? ……うわっ、なにこれ! わたしがやったの!?」


 自分でも気付いていなかったところから見ると、咲も自分自身に起きた異変に今気付いたのだろう。

 どう考えても人間の脚力ではない異変に。


「どんな脚力してんだよ。 あっ、まさかそれが……」


「ヴァルキリアドールズ……だっけ。 その力、なのかな」


 なんなんだ、ヴァルキリアドールズって。

 息を吹き替えした事と何か関係あるのか?


「これは困りましたね。 まだヴァルキリアとして生まれ変わったばかりだと言うのに、よもやそこまでの力を。 このままではアスディバインコードだけでなく、あの力を扱えるようになるのも時間の問題。 やはり見過ごせませんか」


 天使は独り言を呟き終わると、背中に光の粒子を発生させた。

 その粒子は徐々に形を為していき、最終的には双翼となる。

 まさに天使というわけだ。


「では、そろそろわたくしの歌で終わらせてあげましょう。 この【浄化の唄】で。 ラララララ────」


「ぐっ……この歌はさっきの! しかも今回のは直接衝撃が来るのか!」


「きゃあ! なんなのこの歌と風! 頭痛いし、飛ばされそうだしでもう最悪!」


 天使が歌いだすや否や。

 暴風が俺達を襲い始めた。

 咲のプリーツスカートが翻り、中身がチラチラ見えているが、今はそれどころじゃない。

 暴風は途轍もない風力で、踏ん張らないと簡単に飛ばされそうだからだ。

 しかもただ風が吹いている訳ではない。


「いった! なんか肌が割けた! いたたっ……もー! 乙女の柔肌がめっちゃ傷つくじゃん! やめてよ!」


「つぅっ!」


 暴風もさることながら、その風に紛れて見えない刃が俺達の身体を切り刻んでいっているのである。


「いかがでしょう。 浄化の唄による不可視の刃、カマイタチは」


「カマイタチ……だと!」


「なんなの、カマイタチって! いったぁぁい!」


 以前に聞いた覚えがある。

 真空状態に近い状態で風が吹くと、まるで刃物で切り裂いたような痕を周囲に残す現象があるという話を。

 その現象の名が、確かカマイタチだった。

 だとするとこいつはまずいぞ。


「咲、なんとか近づけないか! このままじゃ俺達、三枚下ろしどころじゃなくなっちまう!」


「無理無理! 痛いし風強いし、歩くのすら困難なんですが!」


 いくら脚力が強くても流石に無理があるか。

 だがこうしている間にも天使は更に風を強め……。


「いくら咲様が人間離れした身体能力を得ようと、所詮は下級種。 力の本質を扱えないのであればわたくしの敵ではありません。 コードホルダー様もしかり。 神声術しんせいじゅつを消せると言っても、まだ下級術のみ。 このまま唄い殺して差し上げましょう!」


「ぐあっ!」


「六花! きゃああっ!」


 カマイタチが本格的に俺達の命を刈り取ろうと、徐々に間隔を狭めてきている。

 もう数分と待たずにナマス斬りにされるのは確実だろう。 

 だが、このまま諦めるわけにもいかない俺は、


「さあ、ではこれより【浄化の唄】最終章と参ります。 お二方、お覚悟はよろしいですね。 すぅ……」


「くっ、このまま死ぬわけにはあっ!」


 天使が最後の幕開けを切るべく酸素を灰に溜める最中。

 がむしゃらに右手を前に突き出した。

 勿論ながら無策だ。

 最後の足掻きというやつだ。  

 しかし、それが誰にとっても予想だにしない出来事を巻き起こす。


「ラララ────」


 天使が歌い始めたその時。


「……うっ!」


「はぁ、はぁ……なんだ。 俺は今何を……」


 こちらに向かってきた巨大質量の衝撃波をまるごと反射。

 返された天使の横腹に大きな切り傷が生まれ、裂傷部分から粒子が吹き出したのだ。


「こ、これは…………まさか反射のコード? バカな……あり得ません。 覚醒したばかりのコードホルダーが反射の力を手に入れるなど!」


「おおっ、風がやんだ! すごいよ、六花! アスディバインコード……だったっけ。 まあなんでもいいや! とにかくすごいじゃん!」


「な、なんだ……今のは。 今のは俺が、やった……のか?」


 どうやら奴の神声術とかいうのを、俺が弾き返したらしい。

 その証拠に、伸ばした腕の先に、四角く透明な大きな板が出現しているのである。

 言うなれば、SFアニメや映画で出てくるエネルギーシールドみたいな感じだ。

 そして視界には、また新たな文字が浮かび上がっている。

 新技の名は、【天上ヘト還リシリフレクション】か。

 

「これは、流石に予想外ですね……。 申し訳御座いませんが、声天仕せいてんしでは少々荷が重いかと存じます。 【神々の譜面演奏者ディバインズコードオーダー】様」


 腹をカマイタチで斬られた天使は、患部を押さえながらヨロヨロと立ち上がり、そんな事を口走る。


「ディバインズ……コード? またなんか新しい単語が……」


「嫌な予感しかしないな……」


 案の定、嫌な予感は当たってしまった。

 恐らく天使の独り言は、ただの独り言ではなかったのだろう。

 テレパシーのようなものだったのかもしれない。

 彼女がアスディバインコードに酷似する言葉。

 ディバインズコードを口にした直後。

 三日前、俺の部屋に走ったあの亀裂が宙に現れたと思ったら、そこから続々と目を布で覆う天使が数えきれない程出現する。

 更に同じ亀裂から、あの女までもが出てきてしまったのだ。


「ほぅ……早くも声天仕を凌駕したか、舞鶴六花。 やはり貴様は……」


「ミカエル……エスカリヴォルグ…………」


 そう、亀裂を通ってきたのは神の遣いとして俺の元へと来た天使。  

 ミカエルその人だったのである。

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