神殺しの数式【アスディバインコード】 ──前半──

「──けほっ、けほっ……! げほっ! うぅ……口の中が苦いぃ」


「咲……! 目を覚ましたのか、咲!」


 どういう原理か解らないが、アスディバインコードが作用してくれたらしい。

 咲の首筋に漆黒の十字架が現れ、息を吹き返してくれたのだ。

 彼女の瞳は深紅から日本人特有の瞳に戻っている。

 

「うん、なんとか……。 でも何がどうなってるの? 確かわたし、死んだ筈じゃあ…………きゃっ!」


「よかった! 本当によかった……」


 起きて直ぐ抱き寄せられた咲は慌てふためくが。


「生きててくれて本当に……!」


「六花……。 うん、ごめんね六花。 わたしはもう大丈夫だから安心して。 よしよし」


 自分の胸で泣く命の恩人の姿に落ち着きを取り戻し、愛おしそうに何度も頭を撫でる。

 しかし咲は、そこでふとある事に気付く。

 死屍累々となった広場を見渡した彼女は、自分の空いた左手を眺めながらこう尋ねてきたのだ。


「ねえ、六花。 なんでわたし生きてるの? みんなと同じように死ぬかと思ったのに。 それに六花の右手に浮いてる黒い十字架ってなに? そんなの初めて見たけど。 タトゥー……じゃないよね、どう見ても」


「右手……? 俺はタトゥーなんていれて……」


 俺も気になり、咲から離れて見てみると、手の甲に咲の首筋に浮かぶ十字架と同じ物が浮き出ていた。

 いや、咲のより一回り大きい気がする。


「なんだこれ……。 いつの間にこんなものが……あっ。 もしかしてこれって……」


「何か心当たりがあるの?」


 あるとしたらあれしかない。

 神殺しの数式アスディバインコードだ。

 あれを使う前にはこんなマーク浮き出ていなかったから、どう考えても原因はあれしかない。


「六花……?」

 

 だがどう教えたものか。

 教える事自体は問題ない。

 驚きはするだろうが、咲が俺に対して気味悪がりはしないだろう。

 そこは信用できる。

 なにしろ幼馴染みだからな、大体は分かる。

 俺が悩んでるのは他の事だ。

 どう説明したら納得してくれるか、だ。

 

「ねえ六花~。 なにか分かったんなら教えてよー。 教えないとロッカーって呼ぶぞ。 六花が作詞した黒歴史の歌を熱唱するぞ」


 悪魔か、こいつ。


「やめて、ほんとやめろ。 マジで泣くぞ。 つかお前、大丈夫なのか? 周り死体だらけだけど」


「あー、うん。 なんか知らないけど、嫌悪感とかないかな。 なんでだろ」


 あり得ない。

 咲はさばさばして明るくて気の強い女の子だが、それでも人並みの感性だ。

 俺ですら直視したら吐きそうなのに、咲が発狂しないわけがない。

 おかしい……異常だ。


「んっと、何て言うかさ。 死ぬ事そのものは怖いんだけど、死自体は厳かなものって感じがして怖くない……みたいな」


「なに言ってんの、お前。 矛盾してるんだけど」


「わかんないよー! だってそう感じるんだもん!」


 明らかに言動はおかしいが、嘘をついている感じはしない。

 そうなると余計意味が分からん。

 一体どうしたんだ、咲さんよ。

 いつものお前じゃ……と、咲に妙な気分を抱いている時だった。

 思いがけない奴から、その答えを訊く事になった。


「それは貴女様が【神殺しの数式保持者アスディバインコードホルダー】であるそちらの逆賊の手により、【魂欠の人形乙女ヴァルキリアドールズ】とされた影響でしょう。 恐らくは三劫の一つ、死生観の欠如が原因と思われます」


 意外にも答えたのは、俺達人間を皆殺しにした、あの天使だったのである。


「天使……! 咲、俺の後ろに隠れろ!」


「う、うん!」


 俺は咄嗟に咲を背中に隠し、アスディバインコードを起動。 

 力の奔流を右手に感じながら、地上に降り立った天使を睨み付ける。

 やはり右手に浮かぶ十字架はアスディバインコード由来のものだったようで、起動と共に脈打ち始めた。


「随分と怖いお顔をされますね。 こうなる事は知っていた筈では? 元選ばれし者、舞鶴六花さん。 いえ、アスディバインコードホルダーの背神者さん」


「え……それってどういう……」


 後で言うつもりだったのに、余計な事を。

 まあ良い。

 どうせ伝えなきゃならなかったんだ。

 ここで一旦認めておいた方が後が楽だろう。


「ああ、そうだな。 知っていた」


「六花……」


 咲がつらそうな表情で俺の名前を呟いた。

 心苦しくてたまらない。

 でも今はやらなきゃならない事が他にある。


「あんたら神々が人間を滅ぼそうとしている事も、今の世界を終わらせようとしている事も知ってる。 ミカエルに聞いたからな」


「ミカエル様が……。 なるほど、それを聞いて合点がいきました」


 何がだ。


「思案中に悪いんだが、こっちは全然わかってないんだ。 よかったら教えてくれよ。 あんたらがどうして人類を滅ぼそうとしているのか。 アスディバインコードってなんなんのか、とかをな」


「あ、あと……! ヴァルキリア、ドールズ? ってのも!」


 尋ねると、天使は目蓋を閉じた。

 腰まで届く銀髪に端正な顔立ち。

 まるで歴史や神話で度々登場する聖女そのものにしか見えない。

 だが性根までは聖女ではなかったようで。


「残念ですがお断りいたします。 敵に塩を送る趣味はありませんので。 特に、いずれは我々の驚異となりかねないコードホルダーとドールズになど……言語道断です」


 つまり俺達は明確な敵だから教える気は更々ない、と。

 んでもって、こいつは俺達を今ここで始末するつもりじゃないだろうか。

 神殺しの力を持つ背神者と生き残りを。



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