終焉への序章 ──後半──

 天使が呟くと同時に発した独奏アリアがサビに入るや否や、尖塔に集う人々の頭が弾け飛び、身体中から血が吹き出したのだ。


「うわあああ! あいつの頭が急に弾け……ぐぎっ!?」


「な、なんのよこれ! 一体なにが……あ……あが……。 頭が……頭が割れ……! アアアアアアッ!」


 しかも十人やそこらの数じゃない。

 百、いや千人は既に死んだ。

 その断末魔は言うなれば、まるで独奏アリアから二重奏デュエットへと変化させるアルトのよう。

 先程までのソロではなく、綺麗な歌声と恐ろしい断末魔の合唱となり、気づけば周囲は肉塊と血の池になってしまっていた。

 そしてその波はとうとう咲にも影響を及ぼす。


「六花……頭が、頭が痛いよ! わたしもああなるの……? いや……いやだ! まだ死にたくない! 六花、助けて! 助けてよ!」


 咲までもが頭を抱え、痛みを訴える。

 

「咲! くそ、このままじゃ咲が! でもどうしたら!」

 

 だが俺にはどうする事も出来ない。

 声をかけても抱き締めようとも、彼女の瞳は赤へと染まっていく。

 きっと全てが染まれば彼女は死ぬ。

 あんな異常な死に方をする。

 そんなのは……そんなのは!


「認められるかよ! なにがなんでも咲だけは助けないと! そうだ、誰か無事な人は居ないか!? 誰か……誰か頼む、咲を助けてくれ! 誰も居ないのか!」


 辺りを見渡すが、一人も生き残ってはいなかった。

 残るは俺達を涼しい顔で見下ろす天使だけ。

 あいつにすがっても意味がない。

 恐らくこれをやったのがあいつなんだから。


「くそったれ! なんで……なんでこんな!」


「……六花」


 ボロボロと溢れる涙を拭われ、俺は咲を見る。

 咲は俺の腕の中で死を受け入れたように優しい笑顔をしていた。


「六花、泣かせちゃってごめんね。 もうわたしは大丈夫だから。 だから……六花は逃げて」


「……ふ……ふざけんなよお前、こんな時に! 咲を残して逃げる!? 冗談でも言って良いことと悪いことが!」


「冗談じゃない、本気だよ」


「……ッ」


 咲の赤くなった瞳は俺を捉え離さない。

 俺もそんな彼女から目を離せなくなった。


「咲……」


「ごめんね、六花。 わたし、先逝くね。 もっと一緒に居たかったけど、もう無理みたい。 ごめんね……」


「咲!」


 更にあふれでる涙。

 その情けない姿に咲は微笑むと最後に……。


「こんな事になるなら、もっと早く伝えればよかったなぁ。 好きだって……」


「俺は……! 俺だってお前を……! 咲……? 咲! そんな、嘘だ! 咲! 俺はまだ何も……!」


 目蓋を閉じた彼女の口から血が流れ、腕が地面に力無く落ちた。

 つまり咲はもう……。

 ……いや、諦めてたまるか。

 何が世界再生だ、何が審判の日だ。

 神々が決めたからなんだってんだ。

 俺は咲が居なきゃ困るんだ。  

 好きなんだ、大切なんだ。


「咲は俺の大事な女の子なんだ。 俺には必要な人なんだ。 ……だから。 だから俺から……咲を奪うな! 神なんかが、俺の大切な人を奪うんじゃねえよっ! ……くそっ」


 そう神を恨み、叫んだ時だった。


「……な……に? なんだ、これ……。 数字と、文字……か?」


 右目の視界に見たこともない数式。

 それと、あのリングに浮かんでいた文字が映し出されたのである。


「…………なんなんだよ。 ……なんなんだよ、さっきから訳のわからない事ばかり起きやがって! んでしまいには『神を殺したいか』、だって? んなもん訊かれるまでもない!  俺の大切な人を奪ったんだぞ! 殺したいに決まってるだろ!」


 涙ながらに俺は喚く。

 直後、どういう訳か読めるようになった文字が消失。 

 新たな文章が出現する。


 愛する者を救いたいか、と。


「ああ、そうだ。 死なせたくなんかない。 たとえどんな犠牲を払ったとしても、俺は……!」


『なれば右手に意識を集中させよ。 さすれば力が解放されるであろう。 神を殺す為の力、【神殺しの数式アスディバインコード】が』


「……はっ、何がどうなってんだ。 さっきから何一つわけがわからない。 現実離れしすぎだろ、こんなの。 中二病が書いたライトノベルかっての。 アホらしい、なにがアスディバインコードだよ。 ほんとバカみたいなネーミングだ……。 けど、それをやれば助けられるってんなら……選択肢なんてないよな。 だよな、咲」


覚悟が決まったのならば言霊とせよ。

 神殺しの宿命を背負う己の名と共に。

 そんな文章が代わる代わる現れるが、宿命だと神殺しだとかそんなの俺にはどうだって良い。

 俺はただ、咲と一緒にこれからも生きていきたいだけなんだから。

 だから────!


「ああ、やってやるよ。 使ってやるよ、その力を! だから俺に力を寄越せ! 咲を救えるだけの力を!」


 それを口にすると同時に、右手に違和感を感じ始めた。

 暖かくも冷たい、刃物のようでありながらも、日溜りのような力を。

 これがアスディバインコード、というやつなのか?

 この右手に感じる違和感が。

 ……よし。

 なら……どうなるかは予想もつかないが、取り敢えず自分にやれる事は全てやってみよう。

 彼女を……幼馴染みを救うために。

 と、俺はボンヤリと違和感を覚える右手を、ゆっくり咲の額に添える。 

 神殺しの数式アスディバインコード

 神への反逆を示す力を行使する為に。


「頼む……目を覚ましてくれ、咲! お前にはまだ伝えてないことがあるんだよ! だから……だから! …………ッ! 舞鶴六花の名の元に、神の力を殺し尽くせ! 【神殺しの数式アスディバインコード=天上二反スルクルースニク】!」


 そして俺は力を行使した。

 神殺しの力。

 神を殺す為の力を使う意味も知らずに。

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