終焉への序章 ──前半──
「ねえねえ、六花ー。 明日さ、東京まで神の柱見に行かない? 丁度日曜日だし」
明日には神々が人類を滅亡させるかもしれないのに、わざわざその神々の建造物を見に行こうだなんて頭おかしいんじゃないか、お前は。
と、ツッコミどころ満載な事を言い出したこの少女の名前は、
天真爛漫な笑顔に、常に揺れるお茶目な茶毛のショートカット。
つぶらな瞳を爛々に輝かせるのが似合う幼馴染みの女の子だ。
「人の部屋まで勝手にやって来て何を言うかと思ったら。 咲、お前な……東京まで何時間掛かるか分かってんのか?」
「うん、五時間だよね」
こいつ、調べてから来やがったな。
「そうだ、五時間だ。 なら俺が次に言う言葉は分かるな?」
「もちろん! 幼馴染みだからね! 咲みたいな美少女とのデートを断るはずないだろ? 今日の深夜バスでイチャイチャしながら行くか、でしょ?」
「勝手に人の言葉を捏造するな! 絶対言わないよな、それ!」
「ちっちっち、六花は自分の事を分かってないなぁ。 六花も心の底ではわたしが好きで好きで仕方ないハズなんだよね。 だから代わりに言ってあげたんだよ? わかった?」
好きで好きで仕方ないのはお前の方だと思うが。
「バカなの?」
「いいえ、美少女です」
なんなのこいつ、自分に自信ありすぎてちょっと引く。
まあいつもの事なんだけど……。
「ねえ、行こうよ行こうよー!」
「ああもう、服引っ張んなよ! 伸びる!」
正直めちゃくちゃ行きたくない。
どうやって全人類を殺すつもりか知らないが、近づけば近づく程死ぬ確率は上がるだろう。
出来れば遠くに行きたいくらいだ。
しかしこうなった咲は言うことなんか聞きやしない。
一人ででも深夜バスで行く可能性がある。
それはまずい。
明日には滅ぶかもしれんが、その前に酷い目に遭わせたくもない。
…………くそ。
「わかった! 一緒に行ってやるからいい加減離せ!」
「ほんと!? やったー! 六花大好きー!」
「おまっ、抱きつくなよ! あたってるぞ、色々と!」
「お礼代わりだよー。 存分に堪能して、わたしに女を感じちゃえ!」
もう十分感じてます、勘弁してください。
にしても咲と深夜バス旅行か。
何事も無ければ良いのだが。
「──東京……とうちゃーくっ! 憧れの東京! 絶世の美少女と言われるわたしが、やってきたぞー! ふぅー!」
────着いちゃった。
何事もなく着いちゃった。
俺だって思春期男子。
興味ないフリをしていても、お互い18歳ともなればいやでも意識してしまう。
去年ぐらいから色気も出てきて、ふとした瞬間にドキッとさせられるし。
だから少し期待していたのだが、意外にも咲のガードが固かった。
普段は好意を匂わせている癖に、いざそういう空気になると逃げられてしまう。
お陰様で色々たまって辛い。
「って……顔色悪いけど、どうしたの? バス酔い?」
「……そんなとこだ」
「ふーん、大変だね」
自分から誘ったのに扱いが雑。
気持ちはわからないでも無いが。
こんな物を目の当たりにしたら、他事なんて置いておきたくもなる。
「これが神の柱かぁ。 すっごいでっかいんだけど」
こんな常軌を逸した建造物を目の当たりにしたら、圧倒されてしまってもおかしくない。
「天辺がギリギリ雲を突き抜けてる……。 富士山以上の高さだぞ、これ」
「だねー」
テレビで毎日目にしていたが、こうして実際見てみると神の柱の異様さをアリアリと感じられる。
壁の材質は一見すると陶磁器に酷似しているが、鉄や鋼のような冷たさがある。
こんな材質の素材は恐らく地球上には存在しない。
正面に見えているのが、開かずの扉と噂される入り口だろうか。
……ふむ、本当にあれは扉なのか?
継ぎ目も何も無く、ただの壁にしか見えないが。
だが唯一違和感のある場所は彼処だけだから、扉と思っても仕方なさそうではある。
それよりも尖塔全体を囲む、あのレールの方が気になる。
レールは天高くまで昇っており、各四つ、建造物の下部から伸びている。
そのレール間を上下に動いているあのリング。
各レールに一つずつ通っている、紅、蒼、黄金、漆黒と別々の色で光っているあのリングは一体……。
よく見てみると見覚えの無い文字がびっしり浮き上がっているな。
まるでホログラムだ。
「なんだあのリング。 どんな意味があるんだ」
「それ言ったら神の柱自体がそうじゃない? なんの為にあるのかわかんないし」
確かに。
「……うーん、ここからじゃ下が見づらいなぁ…………あっ! ねえねえ、六花! もう少し近づいてみない!?」
「は……? お前何言って…………おい! 急に引っ張んなよ! それに、あんま近づくと危ないぞ!」
俺の手を取り、神の柱に近づいていく咲に抗うが、彼女はぐいぐい引っ張っていく。
人混みを掻き分けて。
「あははっ、平気だって! 六花ビビりすぎ! はい通りまーす、ごめんなさーい。 ……おっ! 近くなってきたよ、六花!」
「俺は別に行きたくなんか…………ん? なんだ、この音……。 これはもしかして音じゃなくて……歌、か?」
先頭まであと三歩程というところ。
そこまで行くと、なにやら歌が聴こえてきた。
知らない言葉だから内容まではわからないが、オーケストラ調の歌詞だろうか。
どこか静謐で、それでいてどこか気味が悪い感覚に襲われる。
気味が悪いといえば、この直接脳内に響くような歌声もそうだ。
これを聴いてるとなんだか胸がざわつくような……。
「歌って、なに? 誰も歌ってないけど……」
「いや、それは無いだろ。 だってさっきからずっと……」
俺は歌の発信源とおぼしき神の柱を指差す。
その直後、異様な痛みが肉体を走った。
「うぐっ!? かはっ……!」
気を失いそうな程の痛みに心臓が襲われ、俺はしゃがんで胸を抑える。
「六花……? ちょっとどうしたの! 胸が痛いの?」
なんだこの痛み、なんかの病気……。
「おい、あそこに誰かが浮いてるぞ!」
「つ、翼が生えてる? まさかあれは……天使?」
「本当だわ! 神の柱の前で天使様が姿を現してくれたのね!」
天使だと?
俺と咲は顔を見合せ、痛む心臓に耐えながら立ち上がる。
そして目線を上げたそこには、誰の目から見ても天使としか形容しようがない女がこちらを見下ろしていた。
「あれが……天使、なの?」
「…………あいつが歌を……歌ってるのか」
どうやら俺以外には天使の歌声が聴こえていないらしく、皆天使を崇めている。
だが俺は彼らとは違い、天使に嫌な予感がした。
「なに、六花? いきなり手を繋いできて。 優しくされてわたしに惚れちゃった? ……六花、ほんとにどうしたの。 手、震えてるけど……」
「……わからない。 わからないけど、なんか……」
何故かは解らないが、俺の手が震えている。
天使に対する悪寒なのか。
それとも神の遣いが言っていた、審判の日を思い出したからなのか。
俺の心は恐怖心に支配されかけていた。
その恐怖心はどうやら間違いではなかったらしい。
残念ながら。
「なんかずっと背筋が寒くて…………って、なんだあれ。 神の柱が光って…………くそっ、まずい!」
「きゃっ! なんなの、六花! 急に抱き寄せるなんて!」
唐突に光り輝きだした尖塔を見て、俺は咄嗟に咲を抱き締めた。
明らかにヤバい状況になりつつあると感じ取ったのだ。
「な、なんだあれ。 神の柱が……動いてる?」
そう、今までうんともすんとも言わなかった神の柱が突如起動したのだ。
リングが忙しなく動き、レールが交差している中心に集まっていく。
そしてそれが重なった次の瞬間。
目を疑う光景が広がったのである。
「主神に幸あれ。 未来に幸福あれ。 さあ始めましょう、世界再生の義を」
「今、天使様が喋って…………え……」
グチャッ。
「ッ! 見るな、咲!」
「なにが? いきなりどうし…………き、きゃああああ!」
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