第47バグ・女神の思惑

「貴方達は神が最も恐れるものが何かわかる?」


 急に出てきた女神の問いに、出雲は凍り付いた。

 自分の聞きたかったことと何が関係があるのか分からなかったからだ。


 だから自然と回答も陳腐なものになってしまった。


「『死』ですか?」

「ぶー」


 容赦の無い声が出雲を襲う。


「エイルはどう?」

「そうっすねー。『神様同士の争い』とかっすか?」

「ぶっぶー」


 またもや間違いのようだ。

 しかしクイズの結果よりも、女神が子供のように効果音を出すことの方が気になった。


「2人とも全然ダメ。神のことが全然分かってない。特にエイル!」

「は、はいぃ!!」


 エイルの背がピンと伸びる。

 女神はそんな天使に対して人差し指を指した。


「神につかえる者として、貴女が分からないのは大問題よ。反省しなさい」

「はい! 申し訳ないっす」

「でも、ま――」


 と、仕切り直して腕を下ろすフラウ。

 そして足を組み、そのまま話を続ける。


「そんな貴女だからこそ、私の眼鏡にかなったわけだけど」

「?」


 エイルが上司の言うことに首を傾げる。

 全然理解が追い付いていないという様子だったが、出雲もまた女神の言うことが分からないでいた。


「では答えを言いましょう」


 息を呑んで彼女の言葉を待つ。


「正解は『退』よ」


(はい?)


 つい聞き返しそうになる気持ちを気合で抑える。

 思いの外人間味溢れた理由に拍子抜けしてしまったのだ。


「神は寿命が長い。平気で何百、何千、何万。下手をすればそれ以上に生きる。私は天界の中ではまだまだひよっ子だけれども、それでも毎日面白いことに飢えている」

「そうだったんすね。全然気付かなかったっす」

「それはそうよ。天使の前で本心を見せる神なんて、とても素直で穢れが無いか馬鹿のどっちか」

「エイルが神になったら本心出しそうだな」

「ふっふーん。分かってるじゃないっすか出雲も」


(あー、やっぱこいつ成長してねーわ)


 2人のやり取りを聞いたフラウがクスクスと笑う。


「退屈を忘れるために神は何かに打ち込む。仕事、祭り、遊び、眠りといった具合にね」


 淡々と述べる女神。

 ここまで聞いたところで、出雲の脳内には彼女の思惑の予想がふんわり想像出来てきていた。


「私は仕事熱心ではないし、群れるのも好きではない。寝るのは老化してからで良いと思ってる。と、来れば残りは遊び」

「ふむふむ」


 エイルがしきりに頷く。

 出雲の目には、少しでも上司のことを知れるのが楽しいように見えた。


「試しに仕事の延長上で世界を作ってみたけれど、楽しいのは途中まで。ある程度作り切ったら、つまらなくなってしまったの」


(あんまり長続きしないタイプなのかな? あっ!?)


「もしかして、それがジャパルヘイムですか?」

「当たり。最初に言ったでしょ? 『夏休みの自由研究で作った世界』って」


(あぁー)


 言われて今になって気付く。

 初めて出会った時、確かにはっきりと言っていたのだ。


 それはつまり、彼女の意図をもっと早くに気付くことが出来たということである。


「全部退屈しのぎにやっていたこと。修正含めてね」

「ということは私達、フラウ様の暇潰しに付き合ってただけってことっすかぁ?」


 天使が弱々しい暗い声色で問う。

 部下の今にも泣きそうな顔を見ても、上司の表情は崩れなかった。


「残念ながらそう。ジャパルヘイムも、デバッカーも、そしてエイル貴女も。私にとってはただの暇潰しの道具よ」

「そんなぁ」


 明らかに悲観するエイル。

 それはそうだろう。


 自分が仕事だと思っていたことが全て、単なる神様のお遊びでしかなかったのだから。


「じゃあ、わざわざ下界の人間をデバッカーに採用したのもそっちの方が面白いって判断したからですか?」

「そう。全く知らない人間の動向を見ているよりも、少しくらい関係のある方が面白いもの」

「デバッカーのタイプが違うのも?」

「ええ。人の性格と欲望って切っても切れない関係だから、人柄が異なる人間を集めるのには苦労しなかったわね」


 何ということだろう。


 全部女神の手のひらの上。

 いや、彼女が作った箱庭の中の出来事だったということだ。


「中でも水上出雲とエイルのコンビは最高だったわ。毎日毎日コントのような生活を送って。実に見ていて飽きなかった」

「それはどうも」

「あら? 貴方は怒ったり悲しんだりしないのね」

「そうですね。ずっと覗き見されてたことを考えると、趣味が悪いとは思いますが」


 なんてことはない。

 神様の暇潰しだろうが何だろうが、出雲にとっては割の良いバイトをしていただけなのだから。

 勿論不愉快な点があることは認めるが、口に出すほどのことではない。


「エイルも凹むことないぞ。結果的に見ればフラウ様の役に立ったんだ。誇って良いと俺は思うぞ」

「え、あ、そうっすね」


 励ましてみたもののやはりそう簡単には元気は戻らない。

 単純なのが取り得な彼女でも、こればかりは堪えたようだった。


(仕事振りを認められて喜んでたもんなこいつ。今となっては、デバッカーとしての仕事振りを褒められたのか、道化として褒められたのか分からないわけだし)


「聞きたいことは聞けたし、そろそろおいとまするかエイル。他のデバッカーの仕事もある程度けりが付いてそうな頃だし」

「そう、っすね」

「終わってなかったら手伝おう。こんな気分の時は体を動かすのが良いもんだ」

「はいっす。ジャパルヘイムに罪はないっすもんね」


 そうして相棒と一緒に立ち上がろうとした時だった。

 女神がぽつりと呟いた。


「そう上手くいくかしらね」


 はっきりと耳に届いた。

 そして出雲は思った。


 どうやらジャパルヘイムにとって、世界を作り出した女神フラウこそがバグのようだということを。


 女神が自分の力を誇示するように派手に指を鳴らす。

 途端、床から蔦のようなものが幾つも生えてきた。

 そしてそれは、瞬時に青髪天使にまとわりついた。


「な、な、な!? なんっすかこれぇ!?」


 エイルの悲鳴など関係無いとばかりに蔦は彼女の確保を続け、そのまま主人の左隣へと連行した。

 更に彼女の右隣には、いつの間にか地球儀のような球体が浮かび上がっている。


「さて、水上出雲」


 女神が左手で天使の顎を撫でながら発する。


「ジャパルヘイムとエイル。貴方はどちらを望む?」


 バグの元凶が作り出す笑顔に、出雲はただ固まった。

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