第45バグ・振り返り

「さあ行ってくるっす!」


 相方の腰にロープを巻き付け終えたエイルが手を払いながら言った。

 反対のロープの先は船の縁にくくりつけてある。


 ここは海上。

 以前、世界探索係の時に出雲がエイルを叩き落とした時とほぼ同じ状況だ。


 違うのは視界に映るの様々な箇所が歪んでいるだけ。

 これでもバグ修正の取り消しによって大分まともになった方だ。


 ただ、それはそれとして。


「何のつもりだよお前! いきなり拘束しやがって!」

「バグの影響度なんて実際に体験してみないと分かんないじゃないっすか? 私は体験済みなんで、出雲にもこのバグの素晴らしさを知って貰おうかと」

「まだ根に持ってんのかよぉ! ふざけるなぁ!」


 縄で縛られた状態の出雲が叫ぶ。

 だが、天使は邪悪な笑みを浮かべるだけでまともに取り合おうとはしなかった。


「バンジージャンプが無料ただで出来るんだから感謝して欲しいっすよ」

「お前ぇ!! 誰が好き好んでこんなことやるかぁ!」

「嗜好が合うっすね。私もあの時同じ気持ちでしたよ」

「天使が人に罰を与えるなんて──」

「罰じゃなくて試練っすよっと」

「えぇぇぇぇ!?」


 エイルに背中を思い切り蹴られ海に突き落とされる。

 途端、目まぐるしいく変わる視界とすぐさま訪れる水の感触。

 海水の冷たさに恐れを抱くのも束の間、今度は肝が冷えるほどの重力が襲ってくる。


 落ちる。

 沈む。

 落ちる。

 沈む。


 繰り返し。

 馬鹿がロープを長めに取っていたのは、自分よりも長く苦しめるためだったらしい。


 3ループしたところで、出雲は永劫と思えるような苦しみからようやく解放された。

 そして指をスライドし、ウィンドウを開くや否や該当のバグの横に『〇』をつけた。


 酷いバグではあるものの、限定された地域だけであるならば影響は少ない。


「おーい、生きてるっすかぁ!」


 煌びやかな翼をはためかせながら天使が問いかけてくる。


(いつかこれ以上に酷い目に遭わせてやる!)


 出雲はひっそりと決心した。


 憎しみの連鎖が発生した瞬間だった。


 ★


「マヨネーズはそのまんまっすね」

「ああ、こいつはこのままにしておこう」


 掘り起こした穴の中の瓶を確認後、出雲は再度瓶に向かって土を乗せた。


 プアが亡くなった村。

 村に住む子供達の注目を浴びながら、出雲達はマヨネーズの存在を確認していた。


「ところで何でわざわざ見に来たんっすか?」


 性格の悪い天使が問い掛けてくる。


 このマヨネーズは修正しようのないバグなのだ。

 今回はバグの影響度を確かめる作業ということもあり、このバグを見に来る必要は無い。

 彼女が問いかけをするのも最もだ。


「まあ、何となく。突然消えてても困るし、生存確認みたいな」

「上京した子供を心配する親っすか。こんなんほっとけばいいんすよ」

「最低だな。生み出したんだから最後まで責任取れよ」

「私が作り出した風に言わないでくださいっす!」

「あーあ、こいつも良いところの子に生まれていたら、こんなことにはならなかったのかもしれないのに」

「うるさいっす! 出雲はもうちょっとマヨネーズみたいに、私に対する態度を柔らかくした方が良いっすよ!」


 喚く天使の声を聞きながら、出雲はウィンドウに表示されたとあるバグに『ハイフン』をつけた。


 ★


「これは修正無しで良いんじゃないか? 地域の特色も出るだろうし?」

「嫌っす!」

「えぇ? こんなにエイルを慕ってるのに」

「断じて! 絶対! 天地が入れ替わっても! 嫌っす!」


 正面のゾンビに唾を撒き散らしながら、青髪天使もといエイルは叫んだ。


 エイルを取り囲むゾンビ達の正体は、残虐係の時に天使を慕っていた者たちである。

 バグの見直しに伴い、世界への影響力を測るために一時的に復活させたのだ。


「えいるさましゅきぃぃぃぃ!」

「ずっといっしょにいたいぃぃ」

「ほら、こう言ってるじゃん。捨てるなんて言うなよ、可哀想だろ」

「拾ってきた犬や猫じゃないんすよ、これはぁ! 化け物なんすよ!」

「ぺろぺろしてくるという点じゃ一緒だろ」

「一緒にするなっす! ゾンビに舐められても精神は回復しねーんすよっ!」


 激昂した天使が地団駄を踏む。

 どうやら本当に嫌なようだった。


「残念」


 ウィンドウが映し出す項目にぺけを付ける。

 瞬間、ゾンビ達は瞬く間に消滅した。


「あぁ、俺を恨むなよゾンビ達。憎しみは全てこの天使にぶつけてくれ」


 手を合わせて祈りを捧げる。

 別にそこまで恩義を感じている訳では無いが、一応助けられこともある。

 相棒が冷酷である以上、最低限弔ってやるのは当然の行いだ。


「別に私のせいでもないっすが!」

「いや、お前のせいだろ」

「違うっす!!」


 ゾンビの遺灰が舞う荒野に、天使の叫びが鳴り響いた。


 ★


 とある村の一角。

 出雲は以前暮らしていた家の角に隠れながら、幸せそうに農作業を行う夫婦の姿を見つめていた。


 彼らの子供はどうやらお手伝いさんらしき女性に預けているようだ。

 彼女は赤ん坊と共に畑の横で夫婦が働く姿を眺めている。


「仲睦まじいっすね」


 出雲の下からひょっこりと顔を出したエイルが言う。


「そうだな」

「あ、もしかして、妬いてるっすかぁ?」


 にやにやした気色の悪い笑みを浮かべるエイル。


 額に汗して作物を収穫する女性は過去に出雲が愛した女の子だ。


 毎日他愛の無い話をかわした。

 時には喧嘩したり慰め合ったこともあれば、殺されたことも愛し合ったこともあった。


 そんな彼女が今出雲の知らない男と過ごしている。

 嫉妬まではいかないものの、妙にざわついた感情が胸の中で暴れ回っていた。


(エリス……)


 違う。

 感傷に浸る必要は無い。


 だって彼女は現在幸せなのだから。


「あいたぁ!?」


 ひとまず馬鹿なことを喋る馬鹿の頭を叩いておく。


「何するんすかぁ!?」

「精神の安寧のために一発やっとかないと思って」

「そんな栄養ドリンクキメるみたいな感じで叩かないで欲しいっす!! DVでぃーぶいで訴えるっすよ! って、ちょっと聞いてるんすか!?」


 天使の暴言を耳に入れながら、ウィンドウを開きチェックを付ける。

 彼女に関するバグを戻す必要は無さそうだ。


(これで気になるところは一通り見て回ったか)


 出雲のデバッカーとして過去の振り返りはこれにて終わりだ。


 見た目には世界はそこそこ安定してきたような感じがする。

 更に改善するかどうかは他のデバッカー仲間次第だろう。


 だが、出雲にはまだやらなければならないことが1つだけあった。


 出雲は暴れる相棒の首根っこをホールドすると、女神フラウの元へと転移した。

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