第44バグ・会議

 出雲の案が女神フラウに伝わった次の日。

 全デバッカーは再び円卓へと召集された。


 座席の配置は何時も通りだが、中央には普段の会議には無い透明なモニターが浮き出ている。

 そして画面の中には、毎度同じく椅子の上に鎮座している女神がいた。


「デバッカー諸君、おはよう。こんなにも早く貴方達の顔が見れて嬉しいわ」


 微笑みながらフラウが言葉を紡ぐ。

 挨拶と社交辞令だけの今の段階では、彼女の話に水を差す人間はいなかった。


「私が作成した世界ジャパルヘイムはいまだに謎のバグに侵されているわ。知っての通り、発生した事象に対して手を打っても次から次へとバグが発生する。私が言うのもなんだけど、完全にお手上げ状態ね」


 女神が困った表情を浮かべてジェスチャーを取る。

 しかし困っている風でありながらも、口元の笑みには何処か余裕を感じられた。


「でも、こうしてまた集まって貰ったのは、デバッカーの1人が解決案を提示してくれたから。あらかじめ私と提示者、そしてバグ修正チームで案を試してみたところ、とある地域のバグ浸食が小さくなったことを確認したわ。効果は抜群みたい」


 彼女がそう告げた瞬間、室内に小さなざわめきが発生した。

 出雲を除く誰もが反応し、雑音を発生させたのだ。

 具体的には、聞こえるか聞こえないか程の声を出す。はたまた椅子を引いたり、手に持っていたシャープペンを机に落としたりといった感じだ。


「水上出雲、続きの説明は貴方に任せるわね」


 何故か急に振られてしまい、デバッカー達の注目が必然的に出雲へと集まる。

 画面内の女神の後ろには、食い逃げ天使が何処からともなく現れていた。それも自慢気に。


「俺が考えた案は簡単です」


 立ち上がって説明を開始する。

 そして、乾いた下唇をひっそりと舐めて次々と論理を告げていく。


「俺達が見つけ修正したバグを元の状態に戻すんです」

「ぇ?」


 あからさまに困惑したのは水無月だ。

 何を言っているのか理解出来ないと顔に書いてあった。


「それはフラウ様が俺達に提示した初期化リセットとは違います。深刻なバグのみは修正したままの状態にし、軽度なバグは残すんです」


 ここでようやく水無月がはっとしたような表情をする。

 どうやら出雲の意図を理解してくれたようだった。


「例えば御手洗さんが見つけた正義の味方係でのバグ。『王様が民に税金を課す度に王族の誰かが投身自殺する』というようなもの。これは修正しないとまずいと思います」

「え、あ。そうですね。自分で見つけたバグなのに、一瞬何を言われているのか理解出来ませんでした」


(同感)


 出雲もまた喋っていて、自分が何を言っているのか分からなくなりそうだった。


「対して社さんが見つけられた世界探索係でのバグ。『毎日数十メートル単位で森が移動する』は、他への影響は無さそうですし、こちらは修正しなくとも問題ないと思います」

「ふんっ。気に入らないがその通りだ」


 鼻を鳴らしてやや威圧的に返答する社だったが、ここは肯定的に受け取って良さそうだ。


「こういった影響力の大きいバグと小さいバグを選別し、後者を元の状態に戻すというのが私の思い付いた解決策です」

「バグの修正によって世界が壊れかけているのなら、戻せるものは戻して世界の安定を取り戻すということですね」


 完全に理解した水無月がつけ加える。


「それでも完全に元に戻らなかったらどうするのぉ?」


 真剣な顔をした鳥居が問う。

 だが、これは出雲の想定内だった。


「影響力の大きいバグの中でも重要度を決め、小さいものから戻します」

「それでも効果が薄かったら?」

「その時は諦めて初期化しましょう」


 出雲の声が届いた瞬間、鳥居は驚いたように目を見開いた。


 彼女の考えは分かる。

 発案者の割にあっさりし過ぎではないかと、思ったのだ。


 しかしながら、これが水上出雲という人間の考え方なのだ。

 どうしようもない時は素直に諦める。

 それはジャパルヘイムで学んだことであり、今の出雲を形作っているものだ。


「ただ初期化前に一通り元に戻して、どのバグがより世界への負荷が高いかは確認したいところですね」

「そうですね。例え上手く行かなくとも、次に繋がる成果は欲しいところです」


 水無月の共感を得られたようで、彼女は明るい表情をしていた。

 曇りの無い顔についこちらも頬が緩んでしまう。


「話が理解出来たならさっさと始めるっすよ!」


 今まで会話に混ざらず背景に徹していたはずのエイルが突然急かしてくる。

 何故だか分からないが、ご機嫌斜めのようだった。


「こらこら。いきなり出てくるなり話をすっ飛ばすな」

「だってぇ」

「だってもクソも無い。そんな言葉足らずだと伝わるものも伝わらんだろ」

「それは出雲の知能が足りてないからっすよ」

「あ″あ"ん?」


(こいつに頭の作りで突っ込まれたくないんだが?)


「ちょっと。喧嘩なら他所でやってくれるぅ?」


 よほど見苦しかったのか、鳥居に注意されてしまった。

 それを受け出雲は咳払いを挟むと、話を続ける。


「すみません。えっと、まず俺達がやるべきことは──」

「各人が見つけてきたバグを選別することだな」


 出雲の話を遮るなり社は席を立った。


「私が見つけたバグ量は他とは段違いだ。至急取り掛からせて貰う」


 言って社は会議室から出ていった。


 それも非常に軽い足取り。

 本当に仕事が好きなのだと、この場に居る誰もが思った。


「つくづく協調性の無い人間ねぇ」

「で、でも、彼の言っていることは本当ですから」


 御手洗の言う通りである。

 仕事一筋でやってきた社の仕事量は他のデバッカーの2倍以上だろう。


「各自やるべきことは理解したようだから、この場は解散としましょう」


 女神の台詞に全員が頷く。

 それは彼女の傍に居るエイルも例外ではなかった。


(短い休日だったな)


 出雲はそっと天井を仰ぎ見る。

 しかし数秒経たずに弛緩した表情筋に力を入れ、再び正面へと視線を向けた。


 出雲の正面には相棒の天使。

 彼女もまた自信満々な表情をしていた。

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