第43バグ・打開策

「私達の仕事が無にならないようにする方法っすよ! あ、餃子と半チャーハン追加で!」


 真剣な顔をしながらも、呼び鈴を聞いてやって来た店員に注文するエイル。

 わざわざ下界にやってきた目的と料理の注文を同時に告げたせいで、何というか色々とぶち壊しだった。


「そんなの急に思い付くかっていうか、まだ食うのかよ!」

「餃子とチャーハンも別腹っすよ」


(何個腹があるんだよ)


「太っても知らないぞ」

「その時は一緒にダイエットするっすよ」

「勝手に巻き込むな! ったく」


 こいつと一緒に居ると自分のペースが保てない。

 だが、別に嫌いではない。


「話を戻すが、そんなアイディアなんて簡単には浮かばないぞ」

「ズル賢い出雲ならきっと考え付くっすよ。なんやかんや何時もそうだったじゃないっすか」

「……ここの支払いお前持ちな」

「そんなぁ。稼ぎの少ない天使にタカらなくとも。ケチっすねぇ」


 罵倒されようが実際問題天使の方が食べているのだ。

 大体散々迷惑を掛けてきたのだから、少しくらい奢ってくれても良いはずだ。


 それに加えて、いくら給料が安くとも塵も積もればなんとやらである。


「ま、良いアイディアを出してくれれば文句はないっすよ」

「だからんなこと言われたって」

「でも、どうせ考えてはいたんっすよね」


 核心を突かれて不意に心臓が大きく高鳴った。


 出雲がエイルを理解しているように、彼女もまた彼のことが分かっている。

 嬉しく思うと同時にやたらと気恥ずかしかった。


(エイルのくせに)


 相方の言う通りあれから考えなかった訳ではない。

 そして、これならいけるのではないかという案も思い付いた。


 だが、何処までいっても自信が付いてこなかった。


「そりゃ考えてはいたけどさ。上手くいく保証なんて何処にも」

「誰もそんなのは望んじゃないっすよ」


(……は?)


 エイルの訳の分からない言葉に自然と文句がわき出そうになる。


「だって、お前が解決策が欲しいって」

「私が欲しいのは『良いアイディア』っすよ。そこまで望んじゃあいないっす」


(そういうことか)


「フラウ様に直接仕える私はともかく、出雲はただのバイトっすもん。バイトに求めるものなんてそんな求めないっす」

「お前も言うようになったな」

「お陰さまで誰かさんに鍛えられたんで」


(皮肉も上手くなったな)


 初めて会った頃は棒にも箸にもかからない奴だった。

 無能なのに一生懸命で、頑張れば頑張るほど失敗も増える。

 そんなダメダメ天使が1年も経たないうちに、人並み以下のレベルにまで上がったのだから、人生とは分からないものである。


『お待たせしましたー』

「どうもっすー!」


 彼女が頼んだ餃子とチャーハンが運ばれてくる。

 湯気と一緒に香ばしい香りが伝わってくる。既に腹は一杯なのに、見ていると口の中によだれが込み上げてきた。


「全部がとは言わないが、やってきたことがそこそこ無になるぞ。それでもいいか?」


 醤油と酢、それからラー油を小皿に注ぐエイルに力強い声色で訊ねる。

 すると彼女は不適な笑みで返してきた。


「全部が無くなるくらいならそんなもんあってないようなデメリットっす」

「そこまで言うなら分かった。話すよ。と、その前に!」


 彼女の餃子を素早く1つ掠め取る。

 自分の食べ物を取られるとは思ってもみなかったのか、取られた張本人は目を丸くしていた。


「何するんすか! 私の餃子ぁ!」

「情報料ってことで」

「納得いかないっすぅ! 食べ物の恨みは恐いっすよ!」


 プンスカ怒るエイルを無視して焼き餃子を口の中に入れる。

 熱々の皮と肉汁が溢れ、口いっぱいに旨味が広がった。


「ちゃちなアイディアだったら許さないっすからね!」


 謎の圧力を掛けられ、負けじと1度お冷を含む。

 そして1度意識して呼吸を行うと、唇を尖らせた天使に向かって出雲は語り始めた。


 内容は簡単だ。

 やるべきことはとても分かりやすいと出雲は思っている。


 作戦の内容を説明し終えた時、エイルでも理解出来たのか神妙な顔をしていた。


「意外と良いじゃないっすか! 餃子1個分の価値はあったっすよ!」

「むしろ餃子1個分しかないのか……」

「そりゃそうっすよ。天使からご飯を強奪するのは極刑もんっすよ」

「世の天使はそんな食い意地が張ってるのか」

「いや、まあ、私だけっすけど」


(そりゃそうか)


 世の中にエイルみたいな天使が2人も3人もいてたまるか。


 天使は居たたまれなさそうに言うなり、誤魔化すように勢い良く餃子とチャーハンを頬張った。

 一言も喋らずに食べ続け、全てを平らげるのに5分も掛からなかった。


「それじゃあ私はフラウ様に今の案を伝えてくるっすよ!」

「え、今からか?」

「善は急げっすよ! じゃあまた連絡するっす」

「お、おい、エイル!」


 出雲の制止も聞かず、お腹をパンパンに膨らませた天使は颯爽と外に出ていった。

 1人残された出雲は空になった器の隣。また、店員が置いてから放置されている伝票を発見すると、店の迷惑にならない程度の声量で叫んだ。


「あいつ結局払ってねーじゃねーか!!」


 出雲の財布から計3000円が消えることが確定した瞬間だった。

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