第39バグ・土崩瓦解

 線だらけの世界から抜け出し抜け出した先は良く分からなかった。


 それは森であり。

 湖であり。

 村であり。

 雲であり。

 砂漠である。


 はっきりしないのは視界に映る世界が常に移り変わっているせいだ。

 何処となくもやが掛かっていて視認し辛い。


 幻想的な雰囲気をかもし出しているのに、自分が何処にいるのか分からなくなる怖さも持ち合わせていた。


「海、山、川、閉鎖空間と来て、今度は全部盛り合わせっすかぁ。何でもありっすねー」


 天使がぼやく。


 愚痴を吐きたくなる気持ちは理解出来る。

 なにせ川に来て以降、まるでバグの発生原因が掴めていないのだから。


「それなー。今回無茶苦茶なことばっかだし、どうなってんだ」

「世界探索係って言ってもこれは限度があるっすよ」


 エイルの小言に付き合いながらウィンドウを出そうとしてみる。

 しかし今度は外枠すら出ず、ただ宙で文字を描いただけに終わってしまった。


(ここに来てから全然起動しない。やっぱり普通の空間とは違うということか)


 世界の果てのような光景を見つめながら思考を働かせる。


(ひとまず探索してみるか。線で出来た世界とは違って、ここはまだ何かありそうだし)


 と、思った時である。

 周囲をうろうろしていたエイルが突如こちらにやってきた。


「ウィンドウ開かないっすか?」

「ああ。今度は画面表示すらされねーわ」

「肝心な時に使えないっすねー。まるでどっかの誰かさんみたいっす」

「俺の知ってる範囲で該当する奴は、今のウィンドウより断然ポンコツだけどな」

「私が知ってる人間は嫌味だけなら平常稼働っすね」


 思い思いの言葉を吐いたところで顔を見合わせる。

 ジト目とジト目の対決。


 だがこれ以上は不毛だとお互いに判断したようで、それ以上は何も言わなかった。


「取り敢えず2人で歩き回ってみるっすか。ポンコツにはポンコツなりのやり方があるっすから」

「そうだな。ねちっこさでは誰にも負けない」


 認識を共有し終え、同時に歩を進める。

 

 何だかんだ精神的に成長している相方が横にいるだけで、ほんの少しわくわくする自分がいた。


「それにしても、こんなにも目の前が凄く変化してるのに何ともないっすね。もっと暑かったり寒かったり、風が吹いたり日が差し込んだりしても良さそうっすのに」

「実際は立体映像なのかもな」


 試しに左斜め横の景色が雪国に変わったタイミングで手を突っ込んでみる。

 すると、すぐさま凍えるほどの冷たさが左手を襲った。


「いや、これマジな奴だわ!?」


 左手にびっしりと纏わりついた雪を見て出雲が叫ぶ。

 気温の違いからすぐに雪は水滴へと変貌したものの、衝撃は見た目以上だった


「本当っすね。こっちはじんわりと太陽熱を感じるっす」


 エイルもまた1つの場面に手を突っ込んでいた。

 見る限り晴れた日の草原のようだ。


「本物だとすると、これ体ごと入ったらそこに行けるんじゃないか?」

「やってみるっすか?」


 エイルが何の気なしに発言する。

 が、実行しようとはせず、何故か無言でこちらを見てきた。


「やらないのか?」

「変なところにワープして戻ってこれなくなる可能性を急に思い付いてしまったっす」

「骨は拾ってやるからいけいけ。何事もまず実践だ」

「この場から居なくなるのにどうやって拾う気っすか! 騙されないっすからね!」

「お前なら行けるって! 俺を信じろ!」

「行けるかどうかの話はしてないんすよっ!!」


 焚きつけてみたもののエイルは梃子てこでも動かなかった。


 それはそうだろう。

 そそのかしている出雲も、行きたいのかと言われればノーなのだから。


「しかし現実問題どうやってここから脱出するかなぁ」

「最悪ワープするとして、もう少し歩いてみないっすか? まだ何か見つかるかもしれないっすよ」

「ふむ。そうだな」


 青髪天使らしからぬアドバイスに従い、止めていた足を動かして進みを再開する。

 しかしながら、行けども行けども見える世界は変わらなかった。


「何か変なところはあったか?」

「うーん、何ともないっすねー。時々妙に見覚えるのある都市や村が見えるぐらいっす。そっちはどうっすか?」

「こっちも特に収穫無し」


 彼女の言う通り、まれに過去に訪れたことのある町の風景が映っている。

 もしかすれば、その風景に飛び込めば元の世界に帰れるのかもしれない。

 だが、目に映る場所が本当に知っている場所だという保証は何処にもなかった。


「あれ? これ何っすかね?」

「何か見つかったか?」


 20分ほど歩いたところで、エイルが何かを見つけたようにしゃがむ。

 彼女が見ている方に視線を向けると、他とは違うヒビのような亀裂が空間に入っていた。


「ガラスのひび割れみたいっすね」


 天使がヒビに指を添わせてみる。

 今にも壊れそうなのか、それだけで氷のような透明な破片が宙に舞い消えていった。


「物理的に触ると崩れるっすね」

「他とは明らかに違うな。さてどうするか」


 放っておく。


 壊してみる。


 出雲達が取れる行動は2通り。

 前者に比べて後者はどうなるか分からないというリスクがあるが、前者は現状維持にしかならないという面もある。


(やるしかないだろうな)


「ぶっ壊そう」

「当然っすね! とう!」


 エイルが躊躇いなく綺麗なサッカーキックを放つ。

 美しい弧を描いたそれは、空間のヒビに見事に直撃した。


(っ!? なんだなんだ!?)


 刹那、世界がけたたましい音を立てながら揺れ始める。

 そしてエイルが蹴りを入れた空間には、直径2m前後ほどの穴が開いていた。

 それも本当に空間がガラスで出来ているように、穴の枠はギザギザとしている。


 中は闇だ。

 どうなっているかは見当もつかない。


「どうするっすか?」

「ここまで来たら行くしかないだろう」

「出雲ならそう言うと思ったっすよ」


 同意を得て、2人仲良く並んで空間の穴へと突入する。


 中は闇というより虚無。

 地平線の遥か彼方まで謎の線だけが伸びていた。


(あれ? この空間)


 何処か見覚えがある。

 そう思ったその時だった。


「水上出雲と、エイル……?」


 唐突に女神フラウの言葉が横から聞こえた。

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