第38バグ・一知半解

 世界が一瞬暗くなったと思った瞬間、出雲達は不思議な空間へと飛ばされていた。

 目に見える全てのものに中身が無く線だけの世界。


 出雲もまた奥行きのある棒人間へと変貌していた。


「何だこれ」


 右腕を動かす。

 自分から見て右の棒が上がる。


 左足を持ち上げてみる。

 左下の棒が宙に浮いた。


 こんな姿になってもまだ感覚と連動しているようだ。


「あはははは、出雲今度は棒人間っすかぁ! どんどんグレードダウンしていくっすねぇ!」


 傍に居たもう1人の棒人間が近寄ってくる。

 口調からしてエイルで間違いないようだ。


 散々頭が悪いことをネタにしてきたが、とうとう脳みそまで無くなってしまったらしい。


 試しに頭を引っぱたいてみる。


「あいたぁ!? いきなり何するんすか!?」

「ふむ。どうやら五感はまだまだ大丈夫みたいだな」

「私で試さないでくださいよぉ! このやり取りさっきもやったっすよ!」

「さっきとは状況が違うから一応な」


 エイルの言動にイラついたのが一番の要因だが、口に出さなかった。


「大体お前も同じだろうが」

「何を言ってるんすか――って本当じゃないっすか!?」

「気付いてなかったんかい」


 線と線の集合なので表情はまるで読めない。

 とはいえ、言動から驚いているのはしかと分かった。


「一体何がどうなってるんすかこれ」

「俺にも分からん。世界全体がバグるなんてこれが初だしな」

「これじゃあ何が何だか分かんないっすよ。ウィンドウはどうっすか?」


 言われて試しに指をスライドしてみる。


(こんな世界だと難しそうだけど……おっ!)


 予想に反して画面が出てきた。

『見慣れた画面』とはならなかったのは、ウィンドウもまた外枠しか表示されなかったからだ。


 タッチしてみる。

 音はするが画面内の移り変わりは全く読み取れない。


「まるで駄目っすね」

「いや、まだ諦めるには早い」


 めげずにウィンドウの開閉を繰り返してみる。

 だが出雲の望む通りにはならず、一向に表示は枠のみだった。


「やっぱ駄目っすね」

「お手上げだな。ウィンドウが死んでるとなると、どうしようもない」

「こうなったらもう死んでみるっすか。正直なところ嫌っすけど」

「んー。つっても、世界規模のバグとなれば死んだって効果は薄そうだよなー」

「じゃあどうするんすか。このまま飢え死にするのを待つっすか?」

「今の俺達に飢えっていう概念があるのか分かんないけど、まあ待つしかないだろうなー。無事な他のデバッカーか、バグ対応している下請けの人達が気付くのを待つしかない」

「うぇえ。マジっすかー」


 エイルが心底嫌そうな声を出す。

 彼女の気持ちは痛いほど分かる。

 現状が解決するかどうか分からない状況下で、ただただ果報を待つというのは精神的に辛いものがあるのだ。


 しかし文句を言っても仕方ない訳で。

 結局2人してその場に座り込んだ。


 胡坐をかく出雲に対して、そのまま寝っ転がるエイル。

 面は分からないまでも、線の動きで姿勢が分かるのは少しだけ面白かった。


「あーあ、つまんないっすねー。何か面白い話でもしてくださいっす」

「存在自体が面白い天使に話せる事なんてねーよ」


 エイルの無茶ぶりを冷たくあしらう。

 流石のエイルでも言葉通りには受け取らなかったのか、無言で首の付け根辺りを叩いてきた。


(最近こいつポコポコ叩いてくること多くなったな)


 言葉では勝てないと判断して暴力へと走る。

 それはそれで成長と言えるのだろうが、悲しい道を辿っているように思える。

 精神年齢は幼稚園児と同じだ。


「本当っ最近私の扱い酷いっすよ!」

「前からこんなもんだろう」

「出会って最初の頃はもうちょっと遠慮があったっすよ!」

「じゃあ今度から敬うようにするわ。様付で媚びへつらえばいいか?」

「はぁ。ひとまずやってみて貰っていいっすか?」


 言われたので体をエイルの方に向ける。


「今日のエイル様は一段と肉体が美しいどすなぁ」

「結局嫌味じゃないっすかぁ! こんな線の集合の何処に美しさがあると!」

「物理的にも頭が軽くなって良いですね」

「ストレートに馬鹿にしてるっすね! もう良いっす!」


 怒ってしまったエイルが反転して背を向ける。

 線だけでは後ろを向いているのかどうかイマイチ分からないのが奇妙なところである。


「出雲は」

「ん?」


 か細い声でエイルが言う。


「こんな空間に居て怖くないんすか? こんな棒人間になって怖れとかないんすか?」

「ぶっちゃけあんまり」


 事実だ。

 身体の構造が変わっても精神は変わってない。

 こんな事態は公開処刑の時の恐怖に比べれば屁でもない。


「どうしてそんなに平気でいられるっすか? 私は正直怖いっすよ」

「ま、痛くないってのが一番でかいな。あとは……」

「はい?」


 ちょっとだけ溜める。

 直ぐに言葉を紡げなかったのは、直前で気恥ずかしさを覚えたからだ。


「1人じゃないしな。お前がいるだろ」


 気を使わなくていい喋り相手がいるというだけで心強い。

 それは紛れもない事実だった。


 そんな出雲の本音を聞いた途端、エイルはくるりと反転した。


「ふっふっふ。口では色々言っても、何だかんだ私は大事ってことっすねー!」

「大事にはしてない。普通だ普通」

「またまたー。照れ隠ししなくても良いっすよ!」


 調子に乗った天使が頬を突いてくる。

 表情は読めないが心底ウザかった。


「いつも私を無下に扱うのも愛情の裏返しだったってわけっすね。このツンデレ出雲めっ!」


(イラっ)


 両頬かおのわくせんを引っ張ってくるエイル。

 あまりのウザさに耐えきれず、出雲はつい彼女の両脇らしき場所に手刀を突き刺した。


「あいたぁ!?」


 彼女の芯から出た叫びが空間に響く。

 刹那、出雲達を包んでいた繭が砕けたかのように、世界に彩りが戻った。


 だがそうして現れた世界には、何から何まで靄が掛かっていた。

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