第37バグ・青天霹靂
まさかこんなことになるとは。
異世界ジャパルヘイムに来てから何度言ったか分からない言葉だ。
だが、何時もはそこまで感情的になることは無かった。
何故なら他人事だから。
それが自分にどれだけ不利益を与える存在であっても、自分に変化があるわけではないのだ。
そのような心持ちだからこそ、どんなに理不尽な目に遭っても耐えられたのかもしれない。
が、今回は違う。
この世界のバグが自分に牙をむいたのだ。
その衝撃は過去最大級だった。
「何でドット!?」
「あはははは、ころころ絵が変わって面白いっすね。全体的にクオリティも微妙っすし!」
「笑うなぁ! こっちは真剣なんだぞ!」
「まーまー、見た目が変わったからって何かあるわけじゃないっすし、良いじゃないっすか」
「お前はこうなってないからそんなことが言えるんだよ!」
ついエイルにきつく当たってもしまうが仕方無い。
マヨネーズのような簡単には直せないバグの前例がある以上、彼が心中穏やかでいられないのも当然と言えば当然だ。
相方の笑い声がやけに癇に触ったので試しに小突いてみる。
しかしドット絵の枚数が少ないのか、エイルの体に触れている気がしなかった。
「あいたぁ!? いきなり何するんすか!」
「え、あれ? 当たってたのか今」
「思い切り肩にヒットしたっすよ! 見た目とリーチが合ってないんす!」
どうやら描画に必要なドットも少ないせいで、思いの外動きに難があるようだった。
「あれ? てかお前」
「何すかって、えぇ!?」
出雲が触れたであろう箇所から段々と天使の姿が角ばっていく。
(もしかして侵食されてしまったか?)
と、考えているうちに、エイルは四半世紀ほど前のゲームにありがちなポリゴン風の体に早変わりしていた。
「ぬわぁー!? 私の体まで!?」
「ふふふ、似合ってるぞ。出るとこは出てるし、引っ込むところは引っ込んでいる。まさに理想的な体系じゃないか」
「絶対本気で言ってないっすよね!? 今時ロボットでも、もっと角が滑らかっすよ!」
「手が四角なのもポイント高いな」
「何のっすか!? じゃんけんでグーしか出せないのは終わってるっすよ!」
「まーまー、見た目が変わったからって何かあるわけじゃないだろ。気にすんな」
「ほっ、ほおぉ!? 煽ってくるじゃないっすかあ!」
額に分かりやすい青筋を浮かべたエイルがポコポコ叩いてくる。
腕力は同じようだが、両手に角が出来ているせいでやたらと痛かった。
「やめ。やめろって。こんなことをしても何の解決にもならないだろ」
「出雲が茶化すからでしょう! 少しは反省するっす!」
文句を言いながらも攻撃の手を止めてくれた天使。
彼女は一度重たい息を吐くと、どすんと出雲の隣に座った。
「あー、どうしてこんな姿になったんすかねー。自慢の体が台無しっす」
(自慢の体――いや、体は誇って良いな。そこだけは認める)
妙な考えに惑わされそうになり一度首を振る。
今は変なことを考えている場合ではない。
「もしかしてこの川のせいか。さっき俺もお前に水を掛けられたし」
「可能性はあるっすね。でも……」
エイルが言い淀む。
彼女が今考えていることは出雲も気付いている。
これだけの情報では断定出来ないのだ。
「仕方ないな。ひとまず俺は服と体を乾かしてみるから、お前はもっと水を浴びてくれるか。もしかしたらこっちは元に戻るかもしれないし、そっちは悪化するかもしれない」
「了解っす」
出雲は一旦エイルと別れ、すぐ傍の雑木林から小枝と乾いた草を拾い始めた。
手の感覚が普通とは異なるおかげで何度も手が空を切ったが、それでも15分後にはたき火を起こせるだけの数は手に入った。
「これでよしっと」
砂利の上に集めてきた資材を置き、荷物から火打石を取り出す。
そして火口となる草に火花を落とすと、あっという間に火が付いた。
あとは丁寧に空気を送り込むだけ。
出雲がほんのちょっと手助けをするだけで、火は炎となった。
火起こしは流石に何度も行っているだけあって、手の扱いが不自由でも特に問題は無かった。
(温かい)
揺らめく炎を見つめながら微妙に湿った服を乾かしていく。
そうして30分が経過し、体も服も完全に乾いたものの、見た目が元に戻る様子は一向になかった。
「いずも~」
情けない声を響かせながら、濡れに濡れた天使がやって来る。
3Dモデルの作りがしょぼいせいで、川で濡れただけなのか涙を流しているのかは良く分からなかったが。
「全然変化ないっすよぉ」
「そっちもそうか。こっちも全然だわ」
「原因が分かんないとなると、もしかして私達ずっとこのままっすかー」
「うーん、どうだろ。俺達の肉体構造はフラウ様が情報を掴んでるから、最悪死ねば元に戻ると思う」
死亡して復活出来るのは女神様の力によるものだ。
だからこそ対価も発生する。
ある意味福利厚生がしっかりしていると言える。
「また死ぬんすか。ここんとこずっと死んでるっすよ!」
「俺だってやだよ。給料減るし。でも、このままなのも嫌だろ?」
「それはそうっすけどぉ。痛いのも嫌っす」
それはそうだ。
出来る限り穏便な手で元に戻りたい。
描画がドットの男とやたら体が角ばっている女の2人組は、はたから見ればとてもシュールである。
「そうだな。それなら一旦上に理由を伝えてから、ジャパルヘイムから離れるか」
「それが無難な気がするっすよ」
エイルの同意を得たところでウィンドウを開く。
途端、世界が急に闇に染まった。
これがジャパルヘイムの終わりの始まりだとは、今の出雲達には想像も付かなかった。
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