第36バグ・一水四見

 一昨日は海。

 そして昨日は山。


 となれば今日は川しかない。


 そう決めたのはやたらテンションの高い天使だった。


 不貞腐れていたのも束の間。

 どうやら時間の無駄だということに気付いたようで、出雲の意向も尋ねることも無く無理やり宣言してきたのだ。


 だが、出雲としては特に異論は無かった。

 例えそれを言い出したのが、脳みその代わりにタピオカが詰まってるのでは無いかと思える馬鹿天使であっても、探索する流れとしては決して悪くなかった。


(癒されるなぁ、こういう場所)


 マイナスイオンが溢れた川縁を歩いているだけで健康になる気がしてくる。

 しかも今日は過ごしやすい気温のおかげで、更に清々しさが倍増していた。


「ここら辺は水が綺麗っすねー。こんだけ透き通っていると、魚も多いんじゃないっすかねー」

「あぁ。マスとかいるかもな。フラウ様がより日本を意識してるなら、岩魚いわなとか山女魚ヤマメも期待出来るかも」

「塩焼きにしたら上手い奴っすね! 折角だから釣りでもしていくっすか?」


 川中にある石から石にジャンプしながらエイルが言う。


 川幅はそこまで広くはなく、深さも足首が浸かる程度である。

 仮に彼女が足を滑らせて落ちたとしても、そこまで酷いことにはならないだろう。


「そうしたいのは山々だけど、釣りは散々一般市民係の時にやったからなぁ」


 ほんの3ヶ月前のことを思い出す。

 嫁と釣果を競っていた思い出は今でも忘れられない。


 何せ途中から彼女自身が魚に近付いていったのだから。


「だったら掴み取りでもするっすか?」

「小学生の時に上流と下流をせき止めた川でやったことあるけど、かなり難しいぞあれ」

「そうなんすか。でもちょっとやってみたい──とんぬらぁ!?」


 足を滑らせたエイルが派手に水飛沫を上げながら川へと落ちる。


「大丈夫かー。怪我とかしてないかー?」

「いたたたた。な、なんとか無事っす」


 お尻を押さえながらエイルが立ち上がる。

 不幸中の幸いか怪我はないようだったが、首から下の衣服が見事に濡れていた。


「あー、やっちゃったっす」


 ぐしょぐしょに濡れた上着の裾を絞りながら肩を落とすエイル。

 出雲はダメダメな彼女を笑おうとしたのだが――、


(やっばこいつ!?)


 とあることに気付いて反射的に視線を彼女から外した。


 今日は陽気が良かった。

 そのため出雲もエイルも比較的薄着だ。


 そんな彼女が水に濡れれば必然的に彼女のプロポーションが浮き上がるわけで。


 布に覆われたたわわな2つの山と引き締まったウエストに加え、色気の無いパンツが見事に透けて見えていた。


(そうだった。中身が残念過ぎて忘れそうになるけど、こいつ体はえっちなんだよな)


「なんすかぁ」

「いや、別に何でも」

「あ、さては私の体に見惚れてましたかぁ」


 にやにやとしながら距離を詰めてくる。

 そのせいか、ほんの少し湧き出た色欲が風に流れて飛んで行くのを感じた。


「ふふふっ、こういうことも下は水着なんで恥ずかしくもなんともないっすよーだ! 海での反省を活かしたっす!」


 上着を脱ぎながら自慢げにほざく馬鹿天使。

 確かによく見ると、下着だと思っていたのものはビキニタイプの水着のようだった。

 とはいえ、エイルに似合っているかと言われると微妙だったが。


「どうっすか? 似合うっすか? 良いんすよ褒めてくれても」

「……さてはお前、もしかして最初から遊ぶ気でここをチョイスしたな?」


「ぎくっ」と、物凄く分かりやすい音がした気がした。

 ただ息を吐いているだけの情けない口笛を吹く青髪天使に詰め寄りながら、出雲はじろりと睨み続ける。


「何のことっすかねぇ」

「とぼけるな。最初からその気だったんだろ。吐いちまえよ、楽になるぜ」

「言い方が悪役っぽいっすよ」

「少し前にやんちゃしてたからな」

「言い方! そうっす、計画してましたー。これで良いっすか?」

「こいつ、開き直りやがって」

「良いじゃないっすか。こんな綺麗な川に来るの初めてなんっすから」


 つまり綺麗じゃなかったら遊ぶつもりは無かったのだろう。

 下らないことに関しては気の回る奴である。


「ちょっとだけだからな」

「やったっす!」


 出雲が観念したように近くの岩に腰を下ろすと、エイルは雪が降った時の犬のようにはしゃぎ回っていた。


 寝っ転がってちょっとした流れに身を任せてみたり。

 石を持ち上げて魚を探してみたり。

 嫌がらせで水しぶきを掛けてきたりと。


 見た目こそ大人の体をしているが、やっていることは小学生のそれだった。


 微笑ましい。


 社に文句を言われている今、実際にはこんなことをしている場合ではない。

 しかしながら、そんな状況を忘れさせてしまうほどの和やかさがこの場にはあった。


 エイルに意識が向いている時、ふと小さなアラーム音が鳴った。


 この音は聞きなじんでいる。

 ウィンドウの連絡が届いた際の通知音である。


(なんだろ?)


 すぐさまウィンドウを起動し、今しがた来たばかりのメールを読む。

 どうやら一昨日の上下にループするバグが直ったらしい。


(結構時間が掛かったな)


 更におまけのように付け加えられていた連絡には衝撃の一文。

 イルカについては仕様である旨を見て、出雲は絶句しながらウィンドウを閉じた。


(本当にどうなってんだこの世界は……)


 溜息を吐きエイルの方を見る。

 相変わらず楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「出雲見てくださいっす! 魚捕まえたっすよ!」


 エイルがテンションの上がった声を出しながら近付いてくる。


「あれ? 出雲、何か雰囲気変わったっすか?」

「ん? 何のことだ?」


 彼女の言っていることが分からず、水面に顔を近付ける。

 鏡のように綺麗な水面は、顔を確認するぐらいなら余裕だった。


 そして水に映った自分を見て、頭の中がパニックになった。


「何でドット絵になってんだよ!!」

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