第35バグ・感情爆発

「これは見ただけでバグだって分かるな……」

「あぁ、そうっすねー」


 ロクなことが起こらない海を離れ、今度は山へと足を運んでいた。

 厳密には山の中ではなく、山を眺められる平野にいるのだが。


 山が爆発している。


 もう雑な例えしか出来ないほどに、正面の山から地鳴りと黒煙、それに流弾が激しく出ていた。

 ここまで激しいと細かく調査する気にもなれない。


「ひとまず報告書書くかぁ」


 ウィンドウを開き滑らかな動作で事象を記載する。3分ほどでさっくり書き終え、出雲は転送ボタンを押した。


「おいエイル、次のポイント行くか――ってエイル?」


 ウィンドウを閉じ、ふと相方に目をやる。すると、エイルがぼーっとした様子で火山を眺めていた。


 今日の彼女は1日中こんな感じだ。

 昨日2人して死んでからずっと腑抜けている。


 まるで何かに憑りつかれてしまったかのようだった。


 そのおかげで今日は何時にも増してポンコツだ。

 先程のように返事をしないのは序の口として、ご飯を地面に落とすわ、歩けば何もないところで転ぶわ、と。

 無能を通り越して、居ない方がまだマシと思えるレベルの酷さだった。


 折角彼女の船酔いを心配して海から山に探索する路線を変えたのだが、これでは何のために変更したのか分からなかった。


(ったく)


「おいエイル!!」

「ひゃい!?」


 強い口調で呼んでみたところで、ようやく天使が現実へと返ってきた。


「今日のお前変だぞ。また体調でも悪いのか」

「そ、そんなことないっすよ。至って元気っす」

「元気な奴はそんな顔しねーよ。今日は休んだらどうだ」

「そんなわけにはいかないっす。私だって仕事でやってることっすもん」


 健気な台詞だが表情と合っていない。

 そんな緩んだ顔で言われても信用出来るわけないのだ。


(駄目だなこりゃ。もっときつく言うか)


「今のお前が居ても仕事にならないって言ってんだよ」

「っ!?」


 天使の顔が歪む。

 正論を言っているはずなのに、ちくりと胸が痛んだ。


「体調悪い時に休むのは悪いことじゃないだろ。この世界にいる限りまともな休暇何て取れっこないんだし、無理するのは止めろよ」

「それは理解出来るっすけど……」

「けど?」


(まだ何かあるのか?)


「自分でも何でこんな感じになってるのか分かんないっすよ。こんな状態で休んでも意味ないと思うんっすよ」

「お前のことだからラーメンでも食ってお腹一杯になれば元に戻るんじゃないか?」

「そんな単純な女じゃないっすよー。失礼な」


(いや、お前はそんな単純な女だろう)


 と、思ったが無駄に揉めそうなので口には出さなかった。


 珍しく心が擦切れている。

 こんな時に下手な軽口は致命傷になりかねない。

 言葉はある程度慎重に選ばなければ。


 降り注ぐ岩が地面に衝突する音を聞きながら、顎に手を当て考え込む。


(さてどうするか?)


 冷静に考えてみれば、元々仕事に対しての役割は求めていないので、このままでも問題ないといえる。

 しかし、最近は特に頑張っている。

 空回りすることもあったが、結果もそこそこ残しているのだ。

 ここでエイルの心を折ってしまうのは誰の為にもならない。


 第一。


(俺だってそこまで鬼じゃない)


「気持ちが乗らなくなったのは朝からか」

「そうっす。起きた時からずっとっす」

「なるほど。じゃあ昨日一緒に死んだ時に原因がありそうだな」

「一緒に……」


 エイルが何かを思いついたような仕草をする。


「何か分かったか?」

「ああ。そうっす。あれが心に引っ掛かってたんっすよ。何で思い出せなかったんっすか私!」


 人の話を聞かずに自分の世界を展開していくエイル。1人で自分の頭をぽこぽこ叩く様はかなりアホっぽかった。


「え、エイル?」

「出雲!」


 急に顔を近付けてくる。

 吐息が届くほどの距離に心臓が跳ねた。


「何で昨日!」

「あ、ああ……」

「謝ったんすか!」

「はぁ?」


 思いもよらなかった言葉に滑稽こっけいな声が出る。

 エイルの視点だと相当間抜けに映ったに違いない。


「そんなこと聞きたかったのか!?」

「そうっすよ。意味分かんないじゃないですか!」

「いや、意味は分かるだろ」

「そういうのじゃなくて。あの場面で出雲が謝るのは意味分かんないっすよ!」

「お前こそ俺を何だと思ってるんだ!?」


(絶対に謝罪しない男と思われてるなら心外だ。ちゃんと謝る必要がある時は謝ってるだろうに)


「だって完全に非がある時はともかく、昨日のはちょっと事故気味だったじゃないっすか。いくらでも言い訳出来るのに、それをちゃんと謝るなんて。そんなの出雲じゃないっすよ」


 強く言われてしまい、つい額を押さえる出雲。

 こんなことで1日無駄にしていたのかと思うと猛烈に頭痛がした。


「悪いと思ったから謝っただけ、だ!」

「ふぇー!? 何でグリグリするんすかぁ!」


 両拳を固め、エイルの頭の両脇を万力のように締め上げる。


「何となくムカついた」

「知的ではない行為は止めるっすよー!!」

「その言葉はそっくりそのまま返すぞ!」


 青髪天使がギブアップを連呼したところで攻撃を止める。

 痛みが残る頭を押さえるエイルの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「もういきなり何するんすかー。滅茶苦茶痛かったっすよ!」

「お前が変なこと言うからだろ。俺だって人間なんだから精神だって成長するし、考えが変わる時もあるんだよ」

「それはそうだと思うっすけど。でも出雲っすよ?」

「あ? まだやられたいか?」

「ごめんっすごめんっす。これ以上痛いのは勘弁っすよー」


 出雲がまた拳を振り上げると、エイルは火山の方に逃げていった。


 先程から気が抜けていたせいか、それとも無意識で取った行動かは分からない。

 しかし当然、そんなことをすれば流弾の範囲内に入ってしまう可能性があるわけで。


 彼女がこちらの動向を確認しようとちらりと顔を向けた時。

 火山から飛んできた岩が馬鹿天使に直撃した。


 あまりにも想像に難くない未来が現実となってしまい、1人取り残された出雲は笑うしかなかった。


 次の日。

 生き返ったエイルが不貞腐れていたのは言うまでもない。

 対して出雲は、気が抜けてはいない彼女の姿を確認するや否や、そっと胸を撫で下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る