第34バグ・水棲生物
「おいふざけんな下ろせ! これが天使のやることかー!」
「天使だってやるときゃあやるんすよ」
「ほらっ、お前のために酔い止め手配しとくからさ」
「それはタイミングが悪かったっすねぇ。もう購入済みっす」
「ぐっ!? てか、寝てる間に縛るなんて卑怯だぞ! 雇い主にこんなことして良いと思ってるのか!」
「私の直接の雇用主はフラウ様であって出雲ではないんっすよっ!!」
「おっまえぇぇぇぇ!!」
怒気の籠った低い声と一緒に思い切りケツを蹴られる。
まるで罪人でも処刑するような容赦の無い蹴りは、出雲を船から海に向かって叩き落とすには充分な威力だった。
「ぐうぇ!?」
甲板と海とのちょうど半分くらいの高さの場所で落下が止まる。
両腕と胴体を縛っている反対の縄の先が船の縁に括りつけられているせいで、宙づりになった形だ。
「私と同じ苦しみを味わう今の気分はどうっすかぁ?」
エイルがこちらを見下ろしながら問い掛けてくる。
「ごめん、悪かったって! この態勢辛いから助けてくれよ!」
「……本音は?」
「え? 本当に悪いと思ってるよ」
無論悪かったとは思っている。
「本当っすかぁ? 正直に答えたら今回は許してあげても良いかもっすけど」
「解放され次第ぶっ飛ばそうと思ってる」
「あはははは!」
エイルが乾いた笑いをする。
その後、ドブネズミでも見るような目でこちらを見てきた。
「じゃあ、しばらく反省しててくださいっす」
「ふざけんな! 話が違うぞ!」
「『許してあげてもいいかも』ってちゃんと言ったすよぉ!」
「何答えてもアウトじゃねーかそれ!!」
心底性格が悪い。
前までは知能が鶏並みであってもずる賢くは無かったのに。
一体誰に似たのだろうか。
「じゃ、また後でっす」
「おい待てお前!!」
引き留めようとする叫びも空しく、エイルが船内へと歩いていく音が聞こえてきた。
(くっそ。確かに俺が悪かったけどさ。でもここまですること無いだろうに!)
怒りに身を任せて心の中で毒を吐きまくる。
思いつく限りの文句をひとしきり思い浮かべると、ようやく精神に余裕が戻ってきた。
「しっかしまあ海ばっかだなぁ」
眼前に広がる光景は相変わらず海ばかり。
昨日今日と同じ光景が続くと、流石に飽きてくる。
「何か変化はないのかねぇ」
と、溜息を吐いたところで何かが頬を掠めた。
(水? いや、違う?)
右頬には水滴は付いている感触があるものの、妙に頬がひりひりとする。
明らかに何かが当たったような痛みだ。
「え、何だあれ」
前方の水面が妙にきらきらと輝いている。
日の光が水に反射しているのとは少し違う。
何というか、水とは違う物体。例えば金属が煌めているような感じだった。
「ぁ?」
不思議に思う点から突然、小さな爆発音と共に何かが発射された。
そして、その何かは目にも止まらない速度で出雲の元へとやって来た。
「いっつ!?」
発射された物体が脇の間を掠める。
着ていたシャツは切れ、じんわりと熱が広がった。
(おいおいおい、何だこれ!?)
「エイルっ!! 何かに狙われてるっ! 助けてくれ!!」
必死に叫ぶが彼女が駆けつけることは無い。
彼女のことだからきっと満足して寝ているか、ラーメンでも作っているのだろう。
この船には出雲とエイルしか乗っていない。
デバッカーが持つウィンドウによって自動操作出来るこの船には、作業員など必要ないからだ。
「くっそあの馬鹿天使!」
彼女に助けを求めることを諦め、今度は自分を狙い打ってきた敵へと集中する。
だが、相手は水中へと姿を隠してしまったようで、元居た場所にはいなかった。
「何処だ、何処にいる!」
懸命に頭を動かし敵を探す。
自分の命が掛かっているだけあって、かつてないほど機敏な動きである。
(っ!?)
そんな時、何かと目が合った。
イルカだ。
ジャパルヘイムでの名称は確かイルカン。
口をぱっかりと開け、こちらの方を見ていた。
(口の中に何かある!?)
よく観察すると、イルカンの口内には銃身のようなものがあった。
イルカンにあるべきはずの無い機構に、今まで様々な現象に立ち会ってきた出雲も驚愕する他無かった。
「マジかよおい……」
しかもそれが何匹も。
照準はもれなくこちらに向いていた。
「エイルぅぅぅぅ!! やべーの来たから助けてくれええぇぇぇぇ!!」
必死にもがき叫ぶが状況は変わらず。
そんな滑稽な少年を裁くように、イルカから次々と弾が放たれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
弾が次々と真横を掠めていく。
膝に、腕に、指に新しい傷を作っていくがどうにかクリーンヒットはしていない。
これだけの数えきれないほどの弾数からすると、まともに当たっていないのは奇跡という他なかった。
「あっ」
弾丸の一発が出雲と船を繋いでいたロープをに命中する。
「うわああああああっっ!!」
海へと真っ逆さまに落ちていく出雲。
だが、重力に抗うことなど出来るわけがなく、ただただ冷たい海の中へと沈んだ。
不幸なことに先日のバグは発現しなかった。
修正されたか、はたまた海域を進んだことで範囲から外れてしまったせいかのどちらかだろう。
もしバグが残っていれば、無限に海と空を往復することになっていただろう。
とはいえこの状況も不味い。
縛られたままでは泳ぐこともままならない。
(あ、死んだ)
肺の中に入っていた酸素が徐々に口と鼻から泡となって出ていく。
必死にもがいてみるもののどうにもならない。
溺死は初めての体験だったが、ここまできついとは思ってもみなかった。
寒い。
苦しい。
辛い。
徐々に薄れいく意識の中で、脳裏に1つの思いが過ぎった。
(素直に謝っておけば良かったな)
単純な後悔。
死んで生き返ってしまえばほぼ絶対忘れてしまっているであろう真っすぐな気持ち。
死への時間が長いせいで、少々センチメンタルな気分になってしまっているのかもしれない。
そんな時、不意に体が持ち上がっていくのを感じた。
朦朧とした意識の中では、その感覚さえもあやふやだったが。
「──もっ! いず──っ! 大丈夫っすか!」
「エイ……ル」
再び目を開けたとき、正面には天使の顔があった。
髪や顎の先から水が
「良かった! 生きてるっすね! 一体何なんすかあのイルカ生物は!?」
「さあ。なあエイル」
「何すか!? ひとまず逃げる――」
「昨日は悪かったな」
「は……?」
エイルから間抜けな声が飛び出た。
そして、戸惑いを隠しきれない天使が飛び回る動きを止めただ浮遊してしまう。
その時同時に、大きめのイルカンからミサイルのような物が放たれた。
出雲からの急な謝罪に呆気に取られているエイルにそんなものが躱せるわけがなく――、
ミサイルは見事に2人に直撃し、2つの命が散った。
俗に言う
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