第40バグ・崩壊世界
「水上出雲とエイル……?」
馴染みのある声。
咄嗟に声のした方向に目をやると、驚いた顔をした女神フラウの姿があった。
それもやたら柔らかそうな椅子に座っており、彼女の前には10を越えるウインドウが表示されていた。
「フラウ様じゃないっすか!? どうしてこんなところに?」
「どうしたもこうしたもないわ。その台詞はこっちの台詞よ」
「と、言うと?」
エイルが聞き返す。
まるで分からないといった表情である。
対して出雲の方はというと、女神が口を開く前に察していた。
「ここは私のプライベート空間。私にとっては貴女達の方が侵入者よ」
女神がきっぱりと言い放つ。
(やっぱりそうだ)
バイトの面接で訪れて以来の空間だが、あの時感じた衝撃はいまだに心にこびりついている。
初めての非日常を忘れる方がどうかしている。
「ほ、本当っす。言われて今気付いたっす!」
何度も首を降って周囲を確認した天使が言う。
「で、貴女達はどうやって──と、そんなこと話している時間は無かったんだった」
「フラウ様?」
「記憶だけ共有させて貰うわ」
唐突に女神が指を鳴らす。
瞬間、偏頭痛のような痛みが側頭部に走る。
「なるほど。世界探索係の役目の途中で、何らかのバクでここに辿り着いたわけね。納得」
1人全てを悟った女神が出雲達から視線を外す。
そして、何事もなかったかのように大量のウインドウとのにらめっこを開始した。
置いていかれた出雲達は一旦顔を見合わせ、仕事に没入している女神に再度声を掛けた。
「1人で理解しないでくださいよ。こっは全然分かってないんですから」
「デバッカーが原理を理解せずに利用している移動機能がバグった。その機能は私が与えた異能ということもあり、私が居る場所にも来れる。どう? 納得した?」
こちらに構ってられないのだ、と言わんばかりフラウが早口で述べる。
しかし、要点だけは揃っているため分かりやすい説明ではあった。
「なるほどー。じゃあ、その前の線で出来た世界や私達の体が変わったのはなんだったんすか?」
エイルの質問にフラウが重たい息を吐く。
どうやらあまり触れて欲しくない話題だったようだ。
「今ジャパルヘイムがバグで崩壊しかけているの。エイル達が遭遇したバグはそれに起因するものよ」
(……は?)
「え? 壊れかけているってマジですか?」
「マジも大マジよ。部下を総動員しても食い止められてない状態。正直おっついてないわ」
「うぇえ……」
ちらりと女神が操作するウィンドウを見ると、何処を見ても天変地異が起きているような感じだった。
地は割れ、天が
有機物として認識されずゲル状に変わり果てた人間。
体内が急激に膨れ上がり弾け飛ぶ動物。
などなど、この世の終わりのような光景が広がっていた。
「これは……。ジャパルヘイムに一体何が起きてるんすか!?」
「それが分かったらここまで必死になってないわ」
もっともである。
ジャパルヘイムの管理を普段下請けに任せている女神がでばってきているのだ。
事態は出雲達が想像するよりも深刻だろう。
「駄目ね。バグの量が多すぎてとてもじゃないけど修正が追い付かない」
女神が匙を投げるように椅子の背もたれに体を預ける。
「他のデバッカーは無事なんですか」
「それは大丈夫。異変を察知した直後に全員に撤収連絡をしたから。貴方達以外は既に戻ってるわ」
「それは良かったです」
「そうね。今頃会議室で原因について議論している頃じゃないかしら」
女神の言葉にほっとする出雲。
月1でしか顔を合わせない仲であっても、仲間が減るのは辛い気持ちになる。
「貴女達も行ってきなさいな」
「私もっすか?」
エイルが瞬時に返す。
彼女は厳密にはデバッカー仲間ではないのだから、彼女が質問をするのも納得だった。
「今更何を言っているの? もう貴女も立派なデバッカーじゃない」
「え? でも私は出雲の──」
「話し相手? もうそれだけじゃないでしょう貴女は。私はちゃんと報告書を読んでるわよ」
女神の言葉を聞いて、エイルの表情がぱぁと明るくなった。
彼女は今、認められたのだ。
誰よりも尊敬してやまない女神様から。
そんなわけで、彼女のテンションは過去最高潮に達していた。
目はやる気に満ちており、何故かしきりに飛び跳ねている。
「ちなみに実のところはどうなんですか?」
出雲がフラウに尋ねる。
それも、舞い上がっているエイルには聞こえないようなボリュームで。
「ここに居られると色々と邪魔されて仕事にならなさそうだったから」
「あ、はい」
相変わらずやることがエグい。
まあ、気持ちは分からなくもなかったが。
「でもエイルの成長を感じているのは本当。この空間では頼れることが無いだけ」
「そうですか。安心しました」
「貴方も良い性格してるわね」
最後に嫌みを言われて出雲は女神から離れた。
エイルを馬鹿にしているのか、それとも心配しているのか。
それは出雲もはっきりと分からなかった。
彼女が成長するのは紛れもなく嬉しいが、自分よりも評価されるのも思うところがある。そして、彼女の頑張りが認められないのもこれまた違う。
周囲に認めて欲しいが認めて欲しくない。
言語化出来ない不思議な感情が胸の中でダンスを繰り広げていた。
(考えすぎかな?)
「さあ分かったら早く行きなさいな」
「あ、はい。すみません」
出雲が答えるのと同時に、彼と天使は別空間へと転送された。
危機的状況だというのに、去り際の女神の口角はほんの少しだけ上がっていた。
世界探索係は彼女の笑みをもって終了した。
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