閑話・月例デバッカー会議③
「それでは今月の会議を始めます。誰か伝達事項のある人はいますか?」
珍しくデバッカー全員が揃った円卓。
しかしながら、和気あいあいとした雰囲気ではなく、妙にピリピリした空気が流れていた。
その中で、ほぼ毎回不参加だった社が真っ先に手を上げた。
目の下にクマを作っており髪や髭もぼさぼさ。
見るからに不潔な姿に、隣の席の鳥居は不機嫌そうに彼から顔を背けていた。
「どうぞ」
指名されるなり席を立つ社。
髪が目元まで隠れているせいで、何を考えているのか読み取れない。
出雲も見た目は平静を保っているものの、内心はあまり穏やかではなかった。
「お前らちゃんと働いてるか?」
彼から放たれた第一声は見事なまでの煽りだった。
この一言による反応は千差万別。
御手洗は「ひっ」と怯え、水無月は気まずそうに視線を落とす。
また、鳥居は即座に舌打ちを挟んでいた。
出雲はというと、肺から湧き出る溜息を必死に堪えながら社の目を見ていた。
「バグが多過ぎる! ローテーションして作業しているのに、この数は明らかに異常だ。絶対サボっている奴がいる!」
「あぁ? 誰もが貴方みたいに仕事人間なわけじゃないんですけどぉ?」
「そんなことは百も承知だ。しかし現実問題としてバグは次々に見つかっている。俺が言っているのは労働時間ではなく、真面目にやっているのかどうかを聞いている」
反論した鳥居に食いつく社。
より重たくなった空気に、小心者の御手洗はとうとう震えだしていた。
「バグの見つけ方に関しては人によって着眼点も違いますし、見つけた量が必ずしもやる気に繋がるわけではないのではないでしょうか」
なるべく穏便な言葉を選んで言う。
しかし、そんな心遣いなど関係ないとばかりに社が睨むようにこちらを見てきた。
「お前は今月商業係だったな。報告書を見たが、過去最高レベルでバグの報告量が低かった。それも着眼点によるものか?」
(ぐっ!? 痛いところを)
そこを突かれると弱い。
何せデバッカーとしての責務をほぼ放り投げ、商人・出雲としての生き方で過ごしてしまうことの方が多かったのだから。
プアの死によってナイーブな気持ちになっていた。と、言い訳しようものなら、更に叩かれることだろう。
「それはその……」
「ほら見ろ。やっぱサボってやがったな」
「別にサボってたわけでは!」
「じゃあ何だ? もしかして、言えないようなことでもしてたのか?」
「そんなんじゃ」
隙の無い叱責の連打にまた言葉に詰まってしまう。
別に仕事を放棄していたわけではないが、意欲的に働いていたかと言われると怪しかったからだ。
「ちょっと良い加減にしなさいよ。この場で個人攻撃しても何の意味もないでしょう」
「俺は効率が下がっている原因を突き止めようとしているだけだ」
「じゃあ貴方が毎回会議をサボってるせいかもねぇ」
「なっ!?」
鳥居が薄ら笑いを浮かべながら言う。
反撃の糸口を見つけたようで、表情に余裕が戻っていた。
「貴方が毎回しっかりと会議に参加さえしていれば、今よりも何ヶ月も前に意識の改善が出来たんじゃなくてぇ?」
「ちっ!?」
こればっかりは自分に非があると理解しているのだろう。
社は鳥居に対して強くにらみつけるや否や席を離れた。
「ちょっと何処行くのよぉ?」
「不愉快だ。あとは勝手にやってくれ!」
自分勝手な捨て台詞を残して会議室から出ていく社。
あてつけのように強くドアを叩きつけた彼の態度は、出雲の目には大人でありながら子供のように思えた。
「だっさ」
肘を机の上に付け、顎を掌の上に乗せた社がぼそりと呟いた。
「はあ。寿命が縮まるかと思いました。ああいう空気は苦手です」
「僕もです」
今まで会話に入ってこなかった水無月と御手洗も喋り出す。
2人ともどちらかと言えばメンタルが弱いタイプだ。意図して黙っていたのだろう。
「鳥居さん、フォローしてくれてありがとうございます。助かりました」
「別に貴方のためにやったわけじゃないけれども。でもまあ、感謝していると言うなら素直に受け取っておくわぁ」
「あとでエイルにも『鳥居さんに助けられた』って伝えておきますよ」
「絶対に止めなさい!!」
金髪美女が声を荒げる。
どうやら馬鹿天使にウザ絡みされる未来が見えたらしい。
「クスクス、そんなにエイルさんが苦手なんですか。意外です」
「欲望に裏表が無い人間は苦手なのよ」
「僕もちょっと気持ちは分かります。そういう人ってプライベートな空間にずけずけと入ってきますから」
「私は……素直な人は好きです」
「人じゃなくて天使だけどぉ」
エイルのおかげで良い感じに雰囲気が良くなってきたところで、逸れてしまった話題を戻そうと口を開く。
「あはは。ただ、俺が強く言えた立場じゃないですが」
一応一言前置きを入れておく。
「社さんの言うことも最もです。報告書を読む限りバグはまだまだあるようなので、気を抜かずに取り組みましょう」
「はい!」「はぁーい」「はい」
「それでは他に何か連絡事項のある方はいますか?」
誰も手を上げない。
出雲は1度頷いてから言葉を続けた。
「では本日のデバッカー会議は終わりにします。では最後に、係のローテーションを回して解散にします」
滑らかな動きでウィンドウを操作し、係の円を回転させる。
次の担当は世界探索係。
大冒険の始まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます